ラストを華やかに飾る邦人作曲家プロ
グラム『上野耕平のサックス道!vol
.5』

前回の公演に引き続き、全席完売となった『上野耕平のサックス道!vol.5』。
「毎回、好きなことを演奏させてもらえて幸せでした。ラストとなる今回も、本当に自分のやりたいことだけをプログラムにしました」と上野。この日、ホールに響き渡った音楽は、上野耕平の色に染まった。今やYouTubeなどで、聴きたい、知りたい音源というものは、割と手軽に聴くことができる。オフィシャルサイトですら、フルコーラスを提供していたりもする。そんな時代の中にあって、「生の音」を聴くために、ホールに足を運ぶ意味とは何か?
上野耕平
2019年12月20日(金)東京・浜離宮朝日ホール。
プログラム1曲目、武満徹「小さな空」は、武満作品にしては意外にもシンプルで、優しい曲調が印象的な合唱曲である。懐かしい童謡を思わせるメロディが、サクソフォンという楽器によって歌われると、オリジナルとは一味違う色彩を放つ。ピアノ伴奏はお馴染み、山中惇史。上野の伴奏のほかにも、ヴァイオリニストの漆原朝子、ピエール・アモイヤルなど、国内外のトップアーティストと共演している山中の伴奏は、サクソフォンの音色と柔らかく混ざり合い、多彩な表情を生み出した。
2曲目、逢坂裕「ソプラノサクソフォンとピアノのためのソナタ エクスタシス」。相変わらず粒ぞろいの高速パッセージが見もの。エネルギー溢れるサクソフォンとピアノとの華麗な応酬の果て、頂点へのフィニッシュが決まる。
リハーサルにて
続いて山中の作曲による「うたを うたう とき」は、まど・みちおの詩に曲をつけた合唱曲。

うたを うたうとき
わたしは 体をぬぎます
体をぬいで
心一つになって
軽々 飛んでいくのです
(合唱曲「うたをうたうとき」より)

「体をぬいで 軽々飛んでいく」。この詩に、歌に、奏者や聴衆は何を思うだろう。華麗な前曲から一転、優しい癒しの空間に包まれる。
前半ラストは、上野の師である須川展也の委嘱作品、長生淳「天国の月」。山中のコンピングを思わせる伴奏のリズムが、サクソフォンと超絶に絡み合う。前半を通してピアノ伴奏を担った山中は、上野の伴奏者として、まさに阿吽の呼吸で、サクソフォンの音色に新たな色を重ねた。なお11月には初のソロCD「旅と憧れ」をリリースしている。ソリストを支え引き立てるピアノ伴奏の活躍も華々しく、前半は幕を閉じる。
サクソフォンはさまざまな特殊奏法が可能な楽器だが、そのどれもが技術を要する。例えばポルタメントはトロンボーンのようにスライド機能のついた管楽器は得意な奏法だが、サクソフォンでポルタメントを奏でるには、リップコントロールの熟練が必須である。また、管楽器は基本、和音が出せないが、フルートやサクソフォンなどは重音奏法によって同時に2音を放出することができる。こちらも卓越した技術が必要だ。

上野耕平
上野耕平

後半はそんな特殊奏法を駆使し、上野がソリストとして全身全霊をかけ、サクソフォンの無限の可能性を示唆した。
1曲目、棚田文則「ミステリアス・モーニング」から始まる。「サウンドスケープを生で聴く」ような不思議な感覚だ。都会の喧騒を思わせるこの曲の演奏中、上野の視界には、どんなサウンドスケープが広がっているのだろうか。聴衆に見える景色と奏者に見える景色は、必ずしも一致しないだろう。そこを想像して鑑賞することが、この曲の醍醐味かもしれない。
2曲目、坂東祐大「Aerial dance」。サクソフォンの音色は、管楽器の中では最も艶っぽいと言える。この曲は上野によると「危険な香りがする」らしい。官能的な音楽となるのか、下品で卑猥な音に成り下がるのかは、ひとえに、演奏者の力量にかかっている。品のある色香をたたえて、そしてポルタメントや重音奏法など、さまざまな特殊奏法を織り交ぜながら、凄まじい気迫で演奏を終えた。
上野耕平
上野が大学1年の頃に出会ったという林英哲(太鼓)。1982年、太鼓奏者として活動を始め、84年初の太鼓ソリストとしてカーネギー・ホールにデビューという、異色の経歴の持ち主の登場に、会場は色めき立つ。後半3曲目、林のソロによる「宴」が始まると、ホールは一転して荘厳な雰囲気に包まれ、一瞬にして「舞台」へと転換した。太鼓のソロは、どこかピアノの弾き語りのように多様な色合いを感じさせる。そのとてつもないパワーは「迫力」の一言では言い表せない。隆々とした腕、朗朗と響き渡る声から放たれるサウンドは、グルーブ感、躍動感を伴って、林の鼓動がすぐ側に聞こえるような、臨場感に溢れていた。まさに心技体が融合し、三位一体となった演奏終了後、礼をする林の姿に、「かっこいい」という声が客席から嘆息と共に漏れる。これほどまでにクールジャパンがサマになるシーンは、なかなかない。
入念な打ち合わせをする上野耕平(左)とスペシャルゲストの林英哲(右)(リハーサルにて)
ラストは本日世界初演となる、藤倉大「ブエノ ウエノ」。藤倉は映画「蜜蜂と遠雷」の作中コンクール楽曲の作曲者としても知られる。今日の初演はサクソフォンと太鼓のため、というよりは、上野耕平と林英哲のために書かれた曲のように思える。二人の掛け合いは、どこか能楽の舞台を彷彿とさせる。さながら上野がシテ方で、林が地謡と太鼓を兼ねているといったところ。世界初演となったこの舞台で、サクソフォンの音色と太鼓の複雑なリズムが絡み合いながらも、ユニゾンがバシッと決まる。日本音楽の真骨頂を、この演奏に見た気がした。上野より促されて舞台に上がった藤倉は、満場の客席から盛大な拍手で迎えられた。アンコールには再度、「ブエノ ウエノ」の後半が演奏され、熱狂の渦の中、邦人作曲家プログラムは幕を閉じた。
上野耕平(サックス)とスペシャルゲストの林英哲(太鼓)

当日は作曲家の藤倉大も駆けつけ握手を交わした

名演なくして名曲は生まれない。本公演でこの場に居合わせた聴衆は、世界初演の大名演を、その音を、確実に胸に刻んだことだろう。
本公演にて上野耕平のサックス道はラストとなったが、来年よりシーズン2が開催されることが上野本人からアナウンスされた。休憩時間、公演後とも、CDやチケット、サインを求める長蛇の列が連なり、次回への期待を膨らませながら、公演を後にした。
取材・文=Junko E. 写真撮影=iwa

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