「原案小説でもアニメでも美子は天使
のようで無垢な存在でした」劇場版ア
ニメ『HUMAN LOST 人間失格』柊美子
役・花澤香菜インタビュー

11月29日(金)より公開予定の映画『HUMAN LOST 人間失格』。そのタイトルどおり、太宰治の名作『人間失格』を原案に持つアニメーション映画だ。しかし、その内容は太宰版を大きく再構築。スーパーバイザーに『踊る大捜査線』シリーズなどで知られる本広克行、ストーリー原案・脚本に『マルドゥック・スクランブル』『天地明察』などの著書を持つSF作家・冲方丁、アニメーション制作に数々の3DCGアニメ作品を世に送り出したポリゴン・ピクチュアズを迎え、昭和23年作の原案小説を、昭和111年という架空の世界のディストピアSFへと仕立て上げている。

この豪華スタッフ陣が作り上げた世界に命を吹き込む声優陣にもまた注目が集まる。主人公・大庭葉藏役には宮野真守、ヒロイン・柊美子役には花澤香菜、葉藏の親友・竹一役には福山潤を配し、そして物語のキーを握る堀木正雄は櫻井孝宏が演じている。
今回SPICEではこの話題作の公開を記念して、美子役の花澤香菜を直撃。『HUMAN LOST 人間失格』の見どころはもちろん、彼女の太宰観、ディストピア観など、幅広い話をうかがった。

(c)2019 HUMAN LOST Project

太宰治と花澤香菜の深い縁
——今回の映画の原案となった太宰治の『人間失格』を読んだことは?
ありますし、私、大学が文学部だったので有志で太宰治の聖地巡礼というか、三鷹散歩みたいなことをしたこともあります。また以前、声優として同じ太宰治の『女生徒』という短編の朗読CDに参加したこともあったので、今回『人間失格』関連の作品にかかわれるのはすごく楽しみでした。
——太宰版『人間失格』の感想は?
とにかく主人公がモヤモヤしてるなあって(笑)。ただそのモヤモヤの心情描写に共感できるというか、人間の中にある暗い感情……それも言葉で言い表せないものが表現されているので、それこそモヤモヤしている人には刺さる作品なんじゃないかな、って思います。
——あっ、花澤さんはあまりモヤモヤしないタイプ?
いや、モヤモヤはするんですけど、太宰作品の主人公たちみたいに死のうと思ったことが1回もないんですよ。寝たり、誰かに相談したりすればスッキリできちゃうタイプというか(笑)。なので、登場人物がモヤモヤしていたり、死について思いを巡らせていたりする場面が出てくると「ああ、そういうふうに思っちゃうこともあるのかな」とか「そういう人が身近にいたらどういうふうに接したらいいのかな?」とか、そういうことを考えながら読んでいますね。
——ただ、映画版の『HUMAN LOST 人間失格』は原案小説からかなり大胆にリメイクされています。
でも「あっ、これ『人間失格』だ!」と思えるポイントもたくさんあって。たとえば冒頭が「第一の手記」から始まるところとか、「恥の多い生涯を送ってきました」っていうセリフが出てくるところとか。そのほかにも登場人物は全員名前が同じだし、雰囲気も原案小説に近いものがあるな、と思っています。それに、確かにまったく新しい『人間失格』にはなっているものの、難解なSFというわけでもないですし。120歳まで絶対に生きられる世界……長寿の国が舞台という意味では「自分たちの延長線上にありそうだな」という感じで割と世界観を想像しやすかったので、映画の物語にもけっこう入り込みやすかったです。
——確かにおとぎ話のようなSFではなく、その高齢化社会もそうだし、格差や年金、ナノマシン医療といった今の社会が抱えている問題や課題が根底に流れている作品ですよね。
そうですね。
(c)2019 HUMAN LOST Project
——映画の設定と原案小説とのギャップに悩むことは? 小説の主人公の葉藏は映画のように社会と緊密にコミットする存在ではない。もっと自分の世界に篭もるタイプですよね。
そのギャップについては制作スタッフさんたちが散々悩んだと思うので(笑)、私は(柊)美子ちゃんという役を演じるだけで大丈夫だな、って思ってました。それに小説でもヨシ子ちゃん(小説版での人名)は天使のような存在というか……。
——無垢なるものの象徴みたいな存在でした。
映画の美子ちゃんもそういうキャラクターだな、という印象があったし、実際、美子ちゃんはS.H.E.L.L.(劇中に登場する国民の健康を管理し、無病長寿を保障する国家機関)の掲げる理想を信じて、女子アナウンサーというか広告塔のような役割を務めていて。しかも葉藏に寄り添う存在でもあるし。原案小説のヨシ子ちゃんのような清潔感や安心感を感じていたし、そういうキャラクターに見えるように演じたつもりなので、そんなに齟齬は感じませんでしたね。
写真:池上夢貢
もし住むならインサイドとアウトサイドどっち?
——その高齢化社会、格差社会、年金問題を抱えた社会である映画版の舞台、昭和111年の東京に対する印象は?
設定資料に「ナノマシンによって人類の寿命が延びたことでどんな環境でも生きられるようになった」「しかしそのせいで環境汚染も進んでしまっている」と書いてあったのを読んだときから、観る人によっていろいろ考えさせられる社会なんだろうな、思っていました。正雄さんはちょっと過激派すぎますけど(笑)、でも正雄さんや竹一くんのように「国に生かされているオレたちは本当にヒトなのか?」「ヒトとして生きるとはなんだ?」という思いから反社会的な行動に出る考え方もわからなくもないですし、でも健康で長生きであることは悪いことではないですし……。ただ環境汚染や、環七の内側のインサイドに住める人と、環状十六号線の外のアウトサイドにしか住めない人のいる差別の進んだ社会っていうのはなんだかな? と思いますし……。ホントにどういう社会って言ったらいいんだろう?(笑)
——確かに、インサイドで裕福だけど管理された生活と、無法とも言えるくらい自由だけど貧しいアウトサイドの暮らし、どっちがいいんでしょうね?
私は一緒に居てくれる人がいるところのほうがいいなあ。だから大沢事務所(花澤の所属プロダクション)がどっちにあるかで、住む場所を決めます!
——あはははは(笑)。あと無病長寿の世界には憧れます?
うーん、どっちだろう? 病気もケガもすぐに治るし、きっと美味しいものをたくさん食べても太らないだろうし、それはいいなって気はするんですけど……。
——でも死なないのをいいことに19時間労働を強いられる社会でもありますよ。
写真:池上夢貢
確かにそうだ! あの人たち、1日のうちの残りの5時間でちゃんと楽しいこととかやってるんですかね?
——いやあ、家に帰って寝るだけのような気がします。
それはイヤだなあ。でも長寿って時間があるってことだし、それはうれしいことだとも思うので、環境汚染や格差の問題をちゃんと解決してくれた上でなら、昭和111年の東京に住みたいです(笑)。
——ワガママだ(笑)。先ほど清潔感や安心感を与えられるように演じたとおっしゃってましたけど、そのほかに昭和111年の東京を生きる美子の見どころは?
アクションシーンがけっこう多いんですよね。ロスト体(全国民がつながる“ヒューマン・ネットワーク”から外れてしまった個人が変異する異形の怪物)の触手にギューってされたりとか。そこがいい感じなんですよ! 私もできあがった映像を観ていて「おっ、いいぞ! ……いや、美子ちゃんがピンチだからあんまりよくないけど」ってなりましたもん(笑)。あと、美子ちゃんはヒューマン・ネットワークの中に潜れる能力を持っているじゃないですか。あの空間での演技もぜひ観ていただきたいところだし、最後は「ここは概念の世界である」みたいなシーンもそうですね。今回はプレスコ(画が完成する前に声を録る収録形式)のシーンが多かったので、美子ちゃんがどのくらい触手に締め上げられているのかとか、ヒューマン・ネットワークや“概念の世界”の中でも普通に声を響かせていいものなのかとか、想像力を働かせながらお芝居をしたんですけど、画が入ったあとの映像を見せていただいたら、本当にすごかったんですよ。
(c)2019 HUMAN LOST Project
——それこそ「おっ、いいぞ!」と(笑)。
はい(笑)。私のお芝居に画をピッタリ合わせていただいていたので、うれしかったですね。
——一方、宮野真守さん演じる葉藏はいかがでした?
そんなにセリフの多いキャラクターではない……あまり説明的なキャラクターではないのに、葉藏がなにに悩んでいるのか? なにを言いたいと思っているのか? ということがすごく伝わってくるお芝居だったので驚きました。
——そのあまり語らぬキャラクターである葉藏を導き、寄り添うヒロイン美子を演じるご苦労は?
美子ちゃんの人物像で悩むことはあまりなかったですね。最初は葉藏に対して「この世界を救ってくれるのはこの人かもしれない」という特別な視線があったんですけど、彼の話を聞いたり、自分の身の上を話したりしていくというやり取りをしているうちに、私自身「あっ、葉藏と美子ちゃんは根底のところで一緒なのかな?」という気がしてきたので。彼らの抱えている過去のいろいろなものって実はちょっと似ているのかもしれない、って。美子ちゃんはそれを抱えていても「私はもう新しい人生を歩んでいくんだ」と無理やりにでも前を向くタイプで、葉藏はその抱えたものをずーっと引きずってはいるものの、実は似たものどうしなのかな? と思いますし。だから葉藏との距離感という意味での苦労はなかったし、だんだん特別な感情を抱いていくお芝居ができたかな、と思っています。
写真:池上夢貢

取材・文:成松哲 写真:池上夢貢

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