街歩きのように劇世界をめぐる、極東
退屈道場『ジャンクション』作・演出
の林慎一郎にインタビュー「大阪の街
の来し方行く末を、考えてもらえる機
会になれば」

主に大阪の街を舞台に、都市風景から生まれた様々な妄想や想像を、不条理だけどどこか身につまされる群像劇へと仕立て上げる「極東退屈道場」主宰の林慎一郎。新作『ジャンクション』では、大阪・江之子島の複合アート施設[江之子島文化芸術創造センター(enoco)]の屋内外数箇所で行われる芝居を、ナビゲーションに従ってめぐりながら鑑賞するという「回遊型演劇」に挑戦する。かつて大阪の玄関口だった「江之子島」にまつわる物語から、私たちはどんな“大阪”の姿を夢想することになるのか? 作・演出の林に話を聞いた。

今回の作品が生まれたのは、前回公演『808ダイエット』(2018年)が大阪市東部エリアの話だったため、次は西部に目を向けようと思ったのがきっかけ。そのエリアをリサーチしている時に、enocoという施設に出会ったことで、構想が一気に進んだという。
「enocoはギャラリー利用が中心で、あまり演劇公演で使われることがないため“広くいろんな芸術をやりたい”というお話をいただいたんです。館の全面協力が得られるというので、館内のいくつかの部屋を移動しながら観るという、普通の劇場ではできない作品が作れるんじゃないかと思いました」。
極東退屈道場#9『808ダイエット』(2018年)より。かつて「八百八橋」と呼ばれた大阪の川と橋をモチーフにした群像劇。 【撮影】清水俊洋
タイトルの『ジャンクション』は、enocoの近くにあり、高速道路マニアの間で「西の横綱」と言われる「阿波座ジャンクション」(メイン写真参照)から着想。今回はこのジャンクションのように、複数の方向から一つの物語に迫っていくことと、阿波座および江之子島の歴史に光を当てることの二点が、重要なポイントとなる。
「ジャンクションにならって、物語だけじゃなくて、お客さんや役者も立体交差するような作品を作ってみようかと。演劇って基本的に、お客さんは始まりから終わりまで座ったまま、こちらが作った時間の流れに身を委ねるしかないんですけど、それをちょっと変えてみました。最終的には全員が、同じ山の頂上にたどり着くんですけど、そこに至る登山ルートは人によって違うという作品にしようと思います。
また江之子島という地域自体が、もともとジャンクションだったらしいんです。明治時代はここの川べりに大阪府庁があって、みんなその前の川を船で通ってから、大阪市内の各地の水路に入っていたという。当時は川をベースにした交通の重なり合いがあって、今は車を中心にした重なり合いができているという所に、面白さを感じました。またすでに戦前には、府庁が大阪城の方に移転したこともあって、江之子島は大阪の人にすら、あまり知られていない町なんです。変わったいわれのある土地なので、そこも掘り下げてみたいと思います」。
極東退屈道場#010『ジャンクション』メインビジュアル。 【宣伝美術】清水俊洋
今回の芝居の流れだが、まず観客は4つのグループにランダムに振り分けられる。グループにはそれぞれ1人ずつ男性が付き、観客は彼の誘導に従って、enocoの館内とその周辺エリアをめぐり、そこでいろんな“物語”を探り当ててていくことになる。出会う物語はすべて基本的には同じだが、順番がグループによって変わってくるそうだ。
「回遊型の演劇っていろいろありますけど、あまりにも“好きに観ていい”と預け過ぎたら、逆に観客が不安になると思ったので、鑑賞コースとナビゲーターを設定することにしました。観客は4人の男たちの中の一人と一緒に、今は水の底に沈んでいる『ソコハカの街』という場所をめぐっていきます。観客は“これは何のツアーだろう?”と思って付き合ってるうちに、だんだんこの4人の関係や、街のルーツを探す目的がわかってくるという仕掛けです。
と同時に、もしかしてこのソコハカという街は、大阪のかつての姿なのか? あるいは未来の姿なのか? と想像することになるのではないかと思います。江之子島周辺は、昔から結構浸水被害があったんですが、最近は天災が続いているので“これからも、そういうことが起こりうる”と、みんな感じているんじゃないかと。そんな大阪の来し方行く末を、考えてもらえるようなものになればいいかな、と思います」。
松本雄吉×林慎一郎『PORTAL』(2016年)より。松本が演出、林が戯曲を担当した。中央の野球帽の男が志人。 【撮影】撮影:井上嘉和 【提供】KYOTO EXPERIMENT
さらにナビゲーションには、この4人の男以外に、姿を見せないラジオのDJも参加。館内には生放送の形で、彼のおしゃべりがずっと流れ続ける。DJは声だけでその場にいる人々を動かし、最後にはこの世界と意外な形で関わっていることが示唆されるという。
「enocoにはラジオ放送のシステムがあるので、それを使おうと。DJは『PORTAL』(2016年)という作品に出演した、ラッパーで詩人の志人(しびっと)さんにやっていただきます。志人さんはあの作品でもDJをやったんですが、本当に魅力的な声をしているんです。屋外を散策するパートでは、志人さんに(上演中の)ライブ映像を見ながらガイドをしてもらうという、ちょっとやったことがないことに挑戦します」。
前述の『PORTAL』は、野外劇の形で様々な都市を演劇にしてみせた「維新派」の故・松本雄吉とコラボレーションした舞台。その際に林は松本から、都市の見方やそれを演劇化する方法を、いろいろ教えてもらったという。前作『808ダイエット』は、維新派の「ヂャンヂャン☆オペラ」スタイルを組み込むなど、松本の思想や手法を受け継ぐことを意識したが、今回はむしろ違いを意識した作品となりそうだ。
松本雄吉×林慎一郎『PORTAL』(2016年)より。 【撮影】撮影:井上嘉和 【提供】KYOTO EXPERIMENT
「会場が狭くて、空間の絵作りみたいな所にあまりこだわれないこともあるので、あえて維新派風の演出は入れてません。(維新派の)『透視図』(2014年)もこのエリアを舞台にしてましたが、松本さんの視点はやはりノスタルジック。僕は川の風景や周辺の構造物が、跡形もなく再開発されていく今の風景みたいな所に、興味が行ってるような気がするので、何かの問題提起みたいな作品にはなるかもしれないです。
でも根本的な思想は、やっぱり松本さんの影響を受けてます。『ガベコレ』(2014年)の時に“移動がテーマの芝居なのに、床が動かないのが面白くない。劇場は床が動かないというのが、圧倒的に不可能性として伝わってくる”みたいなことを、松本さんに言われたんです。お客さんごと移動して見て回るこの芝居は、それに対するアンサーでもあります」。
「スケールが大きな芝居を作りやすい」ことが、都市論演劇の面白さだという林。極東退屈道場の芝居を観ることで、観客も自分の街を観る視点……特に「過去に何があり、将来どういうことが起こる可能性のある場所か」を、この時代に改めて考えてほしいという。
極東退屈道場#006『ガベコレ─Garbage Collection』(2014年)より。大阪各所の「箱物行政」の建物とマラソンを絡めた物語。 【撮影】清水俊洋
「人間同士のドラマよりも、もっとマクロ的な、世界や宇宙まで思いを馳せるような芝居を作りたい。街というのはやっぱり得体が知れないというか、どうやって成り立っていってるのかがわからないものだから、自然と視点が広がりやすいんです。それを松本さんのように、広い空間を使った野外劇で描くことは僕にはできないけど、考え方としては意識してやっていきたいと思っています。
さっきも話した通り、最近天災が多いじゃないですか? だからこそ、自分が暮らす場所にどういう歴史があるか……利便性や建物の魅力だけではない、その土地のいわれみたいな所を知ることの重要性って、やっぱりあると思うんです。実際大阪の西部をよく見て回ると、水害の教訓を記した石碑があったり、津波に備えた街の作りだったりすることに気付かされますし。そういう事例を具体的に想像させるという、僕の都市の描き方は、その意味では割と実用性が高いんじゃないかと思います(笑)」。
たとえ1つの物語でも、どのナビゲーターの主観で体験するかによって、見え方が大きく変わると予想されるのも、今回の芝居の興味深いところ。たとえば友達同士で観に行って、違うグループに分かれた場合、終演後に感想を話し合ったら、同じ作品とは思えないほど印象が違ってた……ということも起こりうるだろう。
極東退屈道場#9『808ダイエット』(2018年)より。 【撮影】清水俊洋
「各ナビゲーターの性格付けは全然違うので、同じ場所でも異なるエピソードが展開されることもあります。そういう意味ではお客さんは、(コースによって)優劣はないけど平等ではない(笑)。誰に着いていくか、あるいは(鑑賞時間が)昼と夜でもだいぶ印象が変わると思います。一回だけでも十分楽しんでいただけるようにはしていますが、リピートするとさらに面白いんじゃないかと。極東退屈道場の芝居は、リピーターは入場無料なので、ぜひ有効活用してほしいです。もちろん前回観たのと違うキャラクターでという、リクエストは受け付けます」
街の記憶を探っていく物語を、実際に街の中を歩くような感覚で鑑賞するという、なかなかない形の観劇体験ができるはずの『ジャンクション』。かの松本雄吉は「街は人間が作っているけど、一方で“人間が作れるモノではない”と思える奥深さがある」と語っていたが、まさにそれを実感できる一時となるはずだ。
林慎一郎(極東退屈道場)。 【撮影】吉永美和子
取材・文=吉永美和子

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