鈴木優人が指揮する『NHK交響楽団 第
1927回 定期公演 Aプログラム』 初
登場への思い、そしてクリスマスの思
い出とは

2018年9月よりバッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者に就任し、2020年4月1日からは、読売日本交響楽団の指揮者/クリエイティヴ・パートナーに就任予定の鈴木優人。指揮者としてはもちろん、ピアニスト、オルガニスト、作曲家、そして舞台演出、企画プロデュースなども手掛ける鈴木が2019年11月30日(土)・12月1日(日)NHKホールにて開催される『NHK交響楽団 第1927回 定期公演 Aプログラム』に指揮者として出演する。初となるNHK交響楽団の演奏会についての思いや、クリスマスにちなんだプログラムについて語ったインタビュー記事が届いたので紹介する。

ーーNHK交響楽団の演奏会に指揮者としては初登場ですが、すでにオルガンのソリストとして共演を果たしています。指揮者と楽器奏者、音楽に向き合う姿勢になにか違いはありますか?
まず、指揮者と奏者とではもちろん立つ場所が違いますね(笑)その意味では大きな違いがあると言えます。でも、楽譜の読みかたにはそれほど大きな違いはありません。ソリストであれば自分のパートをきちんと弾かなければならないわけですが、だからといって自分のパートの楽譜だけを読んでくるわけではなくて、全体の音楽の中で自分にどういう役割があるのかということをしっかりとつかんで、アプローチを考えてくる。その点では楽器奏者も指揮者も変わりません。私はオルガン奏者として、コープランドとサン・サーンスの作品でNHK交響楽団のみなさんといっしょに音楽を作ってきました。そのときもみなさん、誠実な楽譜の読み方とアプローチをなさっていましたので、指揮者としての共演もとても楽しみです。
ーー立つ位置の違いについて、冗談めかしてお話しくださいましたが、ステージ上の立ち位置の違いは演奏にどう影響するでしょうか?
興味深い質問ですね。指揮をする場合、指揮台の上の聴こえ方だけで音楽を判断することはしません。客席で音はどう響いているだろうか、個々の奏者にはどう聴こえているだろうか、ということをつねに想像しています。総合的に他者の聴覚を感じながら指揮しているのですね。目の前の奏者の音だけを聴いているだけでは仕事にならないので、オーケストラの響きの全体像をつかんでいなければなりません。
面白い事にこういう聴き方はオルガン奏者も同じです。パイプの大群が目の前にあり、近いパイプもあれば遠いものもある。まちまちです。同じくオルガニストである父(注・鈴木雅明)は、30メートル後ろに耳がなければならないと言っています。オルガンも遠くに耳を置いてタイミングやバランスを考えたりする。そう意味では指揮者と似たような感覚ですね。
オルガンも楽器の中のパイプの配置でいろいろと響きが変わります。オーケストラでも個々の奏者の位置によってどうしても聴こえてくる情報が異なってしまうので、そういったところを考え合わせるのが、オーケストラを指揮するときの注意点でしょうか。その意味でNHKホールの舞台は、演奏しやすいと思っています。ステージ上の景色も見渡せますし、客席もよく見えます。
ーープログラムはクリスマスにちなんでいますね。
NHK交響楽団と演奏したい作品はなにかと考えたとき、メンデルスゾーンの《交響曲第5番「宗教改革」》が一番に頭に浮かびました。《第5番》は番号こそ遅いですが、交響曲としてははじめのほうの作品。メンデルスゾーンが若いころに書きました。私もまだ指揮者として若手で、初めての指揮台なので、作曲家の若かりしころの曲がふさわしいなと考えたのです。
それに加えて、一緒に演奏することになったチェロのニコラ・アルトシュテットさんが提案してきた作品は、ブロッホの《ソロモン》。旧約聖書のソロモン王のストーリーですね。旧約聖書はキリスト教にとってもユダヤ教にとっても聖典です。クリスマスは日本でもお祝いされていますが、キリスト教のお祭りとしての宗教性はあまり考えられていません。このホールの周囲もこの時期になるとライトアップがされて、とても幻想的ですよね。イスラエルの王として栄華を極めたソロモン王と、最も野卑な馬小屋の中で生まれたイエス・キリスト、ここで改めてクリスマスの意味を考え直す点から、《宗教改革》と《ソロモン》は意義深い組み合わせだと思います。
《宗教改革》というシンフォニーは、ルターの《神はわがやぐら》のコラールを堂々と提示して終わります。これはもう、引用しているというレべルではなくそのままの姿。オーケストラが讃美歌を歌っているというのに等しい書きかたです。交響曲としてはずいぶん唐突に終わるという見方もあります。バッハのカンタータを演奏してきた経験からすると、作品の最後にコラールを歌って終わるのはきわめてナチュラルなこと。メンデルスゾーンもバッハの作品はよく知っていたわけで、この締めくくり方は、宗教改革を記念する率直な気持ちの表れだったのでしょう。メンデルスゾーンの信仰深さを作品から感じます。
鈴木優人
ーーメシアンも熱心なキリスト教徒でした。
メシアンの《忘れられたささげもの》もカトリック信仰を下敷きにしていて、こちらも作曲家の信仰告白と言ってよい曲です。メンデルスゾーンとメシアン、両者の作品を演奏会のはじめと終わりとに置くのは、演奏会のテーマにふさわしいように思います。音楽のスタイルは《宗教改革》とはまったく異なりますが、《忘れられたささげもの》にはメシアンの瞑想的、あるいはロマンチックとさえ言ってもよい信仰心が表現されているように感じます。
クリスマスの時期ですし、バロック音楽が出発点にある音楽家として、NHK交響楽団のみなさんとバロック音楽のエッセンスを一緒に体験したいとも考えました。そこで取り上げたのがコレッリの《クリスマス協奏曲》です。第1・第2ヴァイオリンとチェロのソロがあります。ゲスト・コンサートマスターのエシュケナージさんをはじめとした名手たちが独奏を担当します。楽しいことになるに違いありません。
宗教的なポイントにフォーカスしつつ、4曲の音楽のスタイルの違いを楽しんでいただけるプログラムになっていると思います。
ーーコレッリの《クリスマス協奏曲》では、鈴木さんご自身の編曲による楽譜を使うと聞いています。
まずはヴァイオリンと並行する楽器としてオーボエを、通奏低音の一角としてファゴットを加えています。弦楽が主体の作品ですが、当時はさまざまな楽器でパートを重複して演奏することもありましたし、通奏低音の楽器も奏者に委ねられていました。今回はヴァイオリンのメロディを一部、オーボエに任せてみたりもしています。リハーサルで即興的にお願いしたいのは山々なのですが、そうすると混乱をきたすので、事前に楽譜を作りました。
多くの音楽家は小さいころにレッスンでバロック期の曲に取り組んでいるので、少し構えるところもあり、自由に解き放たれて演奏するのが難しい場合があります。その点、現代曲のほうが前例が少ないので、やりやすいかもしれません。本来のコレッリのスピリットは即興的な自由な演奏のほうにあると思うので、コレッリ自身が残した旋律装飾を参考に、そういった即興的な装飾も少し楽譜に加えてみました。バロック音楽をモダンのオーケストラで演奏するのはなかなかハードルが高いので、こうした工夫でなんとか作曲の原点に戻ってみたいと思います。
ところで《クリスマス協奏曲》は、N響定期公演では初演だそうです。こういうこともできる時代になった、ということを示すのも大切ですね。
ーー鈴木さんにとって「クリスマスの音の原風景」とはどんなものですか?
最近のクリスマスは毎年、コンサートに出演しているので、お仕事の日の感じがしますが、それぞれ良いコンサートができて感謝しています。やはり家族で祝うクリスマスや、教会のクリスマスが原風景です。コンサートほど派手ではないですが、クリスマスの時期だけしか歌わない讃美歌を歌えるのが楽しいですね。クリスマスが近づいて、そういう讃美歌が歌えるようになってくると、子ども心にわくわくしました。《荒野の果てに》など少し手の込んだ歌もすてきです。
教会では降誕劇を演じたりもします。日曜学校の先生たちが張り切って台本を準備して。子どもたちに役を割り振って1月半くらい練習します。うちの娘は最近、羊役をしました。一番簡単なのはお面を被ってそのあたりに転がっている羊ですからね(笑)。寒い冬に讃美歌を歌って気持ちを温める。そんな風景が、必ずしも教会に馴染みがあるわけではない日本人の心にも、不思議とフィットするんでしょうね。
ーー今回の演奏会を楽しむポイントがあれば教えてください。
お客様にとっては見慣れない作品が並んでいるとも思いますので、興味を持っていただいて、怖がらずに来ていただきたいです。いずれも作曲家を代表する作品ばかりですから。
ニコラさんは彼自身も指揮をするような才気煥発なチェリスト。彼の十八番《ソロモン》は、チェロ協奏曲にみなさんが期待する、すすり泣くようなところも出てきます。《クリスマス協奏曲》ではオーケストラ奏者の独奏にもご注目ください。
メンデルスゾーンの《宗教改革》には初稿楽譜を使います。メリットはたくさんあります。メンデルスゾーンはこの作品を出版しようとあれこれ工夫して、最終的に曲をとても短くしてしまいました。第3楽章のフルートの長大なソロをカットして、第4楽章のはじめにソロで讃美歌を吹く場面だけ残しました。今回は第3楽章のフルートの活躍が大いに復活します。ずっしりとした構成感のある交響曲をお楽しみください。
聞き手・文=澤谷夏樹

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