【藤津亮太の「新・主人公の条件」】
第11回 「空の青さを知る人よ」相生
あおい

(c) SORAAO PROJECT 「空の青さを知る人よ」を見て荒井(松任谷)由実の「卒業写真」を思い出した。この歌は、高校時代に好きだった人を心の“定点”にして現在を生きていく気持ちを歌っている。歌詞には、社会の中で揉まれて自分が“あの頃”と変わってしまいそうな時に、自分を遠くから叱ってほしい、ということが歌われていて、これはもちろん具体的に叱ってほしいわけではなく、私の心の中にある“あの頃のあなた”が、自分に問いかけてくるという意味合いだ。

 本作は、相生あおいとその姉・あかね、そして姉のかつての恋人・金室慎之介の物語だ。13年前、両親を事故で失った相生姉妹。あかねは恋人・慎之介について上京することを断念し、地元に就職した。あおいは、まだ幼かった自分のためにそんな生き方を選んだ姉に負い目を感じていた。そんなある日、大物歌手のバックバンドのギタリストとして慎之介が帰郷をする。そしてそれと同時に、あおいがベースの練習をしているお堂に、“しんの”が現れる。“しんの”は、18歳の時のままの慎之介。お堂から出ることができないしんのと、会話を重ねるうちに、あおいは、自分が子どもの頃に気にかけてくれた慎之介のままのしんのに惹かれていく。
 あの頃のままのしんのは、まさに「卒業写真」の“あの人”だ。そして彼は「卒業写真」だからこそ、お堂から出ることができない。そして、その存在を心の奥底にしまって、なかったことにしてしまった慎之介やあかねを“遠くから叱る”ことはできない。
 そんなしんのを、力づくでお堂からひっぱり出してしまうのがあおいだ。そしてあかねと慎之介は、しんのと“再会”することで、13年前に縛られ続けていた心を開放することができる。あおいは「自分の恋」か「姉の恋」かの葛藤を乗り越えて、姉と慎之介の背中を押すのである。この葛藤のあり方はまさに主人公の条件を満たしていて、これだけでも十分あおいは主人公なのだが、あおいを主人公たらしめている要素はもうひとつある。
 もしこの物語にあおいが不在であれば、若かった「過去」とおとなになった「現在」という対比の物語だけになって、「卒業写真」の構図の中にきれいに収まってしまう。あおいがいることで、誰かにとっては「あの頃」かもしれないが、「あの頃」を現在として生きている人間もいる、という視点がプラスされて、「卒業写真」の構図が突き崩されているのだ。それによって本作はノスタルジックな「卒業写真」を思わせながらも、“今の物語”として着地している。
 そしてエンドテロップでは、その後の「未来」のあおいとあかねと慎太郎の姿が、写真に撮られた「過去」として表現されている。今という時間は、その人の立ち位置にとって「過去」であったり、「現在」でああったり、「未来」であったりする。そんな時間のありかたを気づかせてくれるから、あおいは本作の主人公なのだ。

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