一青窈 3人目の出産から半年でスタ
ートするツアーを間近に控え、歌うこ
とと子育てと、今の心境を語る

一青窈が約2年ぶりのツアー『一青窈 TOUR 2019-2020 窈窕關關(YO-CHO-CAN-CAN)』を11月からスタートさせる。3人目の子どもを出産してから約半年のタイミングでのツアー・スタートになるが、本人は「歌い続けていく、その途中に出産もある」ということで、いよいよ歌うことと子育てをはじめとする日常が地続きになっているようだ。そうした状況のなかで、彼女は歌うこととどう向き合い、またどんなステージを構想しているのか? ツアーまで1ヶ月と迫る今、その心境を率直に語ってもらった。
“今の状態が当たり前というわけじゃないんだぞ”という感じで出産がやってきて、あらためて歌えることのありがたみを感じられるようになった。
――“窈窕關關(YO-CHO-CAN-CAN)”というツアー・タイトルはどこから出てきたんですか。
内容より先にタイトルを決めなくてはならなくて、当時、「イエス・ウィ・キャン・キャン」というポインター・シスターズの曲をツアーで歌いたいと思ってたんです。そこからの連想で、中国の古い詩に「窈窕」「關關」という言葉があったことを思い出し、“窈”という自分の名前も入ってるということもあって覚えていたのを使いました。ただ、セットリストを考えていく中で「イエス・ウィ・キャン・キャン」は歌わないことになったので、内容には全く関わってないですね(笑)。
――選曲は、どういうふうに進めたんですか。
すごく直感的に選びました。いましかできない選曲になっているので、“なぜ、この曲を選んだのかなあ?”といつか思ったりもするかもしれません。内容的には、ある時、私が飼い犬に手を咬まれて「もう犬に噛まれたくない」と泣きべそをかいていたら、息子に「じゃあ、僕と手を繋いで逃げればいいんじゃない?」と言われたんです。​「大人はみんな、子どもになったらいいんだよ。逃げよう」って。そこで私は“なんて素敵なことを言うんだ”と思って、それでツアーのコンセプトはすべての大人が子どもになり、子どもは大人になるという状態を作れたらいいなと思ったんですよね。なので子どもが魔法の剣を持ったり変身したりとかしてスーパーヒーローになる、あの感じを再現できたらいいなと思ったんです。鬱々としている世の中を、魔法をかけてキラキラさせるみたいな。
――一青さん自身も、普段は子育てに追われているけれど、ステージに立つと……。
誰よりも子どもになる、と言うか、大人は全員、元々は子どもだったわけだから、そこに還るということなのかな。とにかく子どもを見ていると、天使の生まれ変わりみたいな存在だなと思うから、私もそのようなものになり、見ている人たちにもそういう気持ちになってもらおうということですね。わかりやすく言ってしまえば、童心に帰ってください、ということになるのかもしれないですが。で、来てくれた子供たちは、本当は私たちよりもずっと大人なのかもしれないということになるんだと思います。
一青窈
――3人目出産から約半年でツアーに出ることになりますが、1人目が生まれた後のお話では、「出産前の状態に戻そうとするのではなく、出産を経た体で出せるベストの歌を目指すほうがいいかもしれない」という話もされていましたね。
最早、原型がどうだったのか思い出せないくらい体が変化して、声も一番パワーがあって伸びてた時代と比べるとおそらく全然違うと思うんです。ただ、出産を経て声の低音成分が増えたんですよ。そういう変化を楽しんでいる感じですね。多分、時間をかけてゆっくりトレーニングしていけば、高い音域を出すのに必要な頭蓋骨を上のほうへ引っ張る感じの筋肉も戻ってくると思うので、焦ってはいなくて、最近は“今の状態で楽しいと思える曲を歌おう”と考えてますね。それに歌自体についても、自分の今の環境が小難しいことを考えられる状況ではないので、非常に明るくてわかりやすい音楽を好むようになりました。ツアーのセットリストも明るい選曲になってますね。カバー曲もたくさん入ってるんです。
――“こんなことになるなら、失恋の曲よりももっと明るい曲を書いておけばよかったな”みたいなことを思ったりはしませんか(笑)。
自分の曲については、その時にしか書けないというものを書いてますから、“もっとこうしておけばよかった”というようなことはないです。その代わり、人の曲で新しく視野が広がって“いいな”と思う曲が増えてきたんですよ。今回もイタリア語とポルトガル語の曲に挑戦するんですけど……。友達の詩人で、イタリア人なんだけど日本語で書いている人がいて、その人からイタリア土産で何枚かCDをもらったんですよ。そのなかにすごく気に入った方がいて、ブルノーリ・サスという人なんですが、イタリアのボブ・ディランみたいな感じで社会情勢を歌ってるんですよ。ポルトガル語の曲は、グレン・ミラー楽団がやってた「チャタヌーガ・チュー・チュー」という曲で、細野(晴臣)さんがカバーしてるじゃないですか。あの曲に、子どもがすごく反応するんですよね。「チューチュー、歌って」って。それで、日本語の歌詞も付けてみたんですけど、子どもはなんだかわからない異国の言葉のほうが好きみたいで、それを覚えちゃうんです。だから、私もポルトガル語で歌うんですが、口の周りの、普段は使わない筋肉を使ってるのがすごくわかるんですよね。そういうことを経験した後で、小野リサさんの歌を聴くと“上手いなあ、ポルトガル語”と思ったりもして。音符に対して言葉が乗る具合が日本語の場合とは違うから、慣れてないと、リズムを出すのがすごく難しくて。そういう意味では、英語の曲を一生懸命カバーしていた大学時代に似てるなということも思いました。
一青窈
――2人目が生まれた後のトレーニングに関して「新人のような気持ちでやってます」と話されていましたが、そういう初心に帰るような感覚があるんですか。
今は、歌うと貧血みたいな状態になることがあるんです。息を送り込める力がまだお腹についてないから、クラッとしちゃうんですよ。音域の高い曲や勢いのある曲を歌うと。そうならないように、力を抜きながら歌うということを意識してやっています。その上で、目指すところは森山良子さんのように、伸びやかでいて、歳をとってもずっと歌い続けられるということなんですけど。
――力を抜いて歌うと、やはり歌は何か違ってきますか。
そのことを意識してリハーサルをやってて気づいたのは、自分には得意なジャンルが明確にあるんだなということなんです。イタリア、ポルトガル、中国、そして日本の音楽を歌っていると、“やっぱり私には演歌がすごく性に合ってるんだな”って思うんです。演歌を歌ってる時に感じるしっくり来てる感じがハンパじゃないっていう(笑)。なんで私はこんなに演歌が歌いやすいんだろう?と思うんですけど。頑張って、力の抜き方を探さなくても、演歌は力を抜いた状態で歌えるんです。
――どうしてなんでしょうね。
自分の原風景にあったということが大きいのかもしれないですね。
――そういうことに気づくと、トレーニングに励むことはやめて、性に合う曲ばかり歌う、という方向に気持ちが向いたりはしないですか。
性に合う曲は、景色がもう見えているから、聴いてるほうも多分“こんなふうに歌うんだろうな”という想定内の歌になると思うんです。でも、それには誰よりも私自身が飽きてるんです。“どんな歌謡曲やどんな演歌を歌おうとも、なんとなく一青節になる”ということだとして、それが何曲かスパイス的にあるのはいいんだけど、全部それだと飽きてしまうから、自分の性に合うというのとは違う曲を時々入れていかないといけないんですよね。
――出産をすることになる以前から意識していた、ボーカリストとしての在りようを更新していくというテーマを、出産という出来事がどんどん促してくれることになっているわけですね。
リリース→ツアーの繰り返しをずっと続けていたら、実際に飽きていた時期もあったから、出産というのは私にとってすごくいいイベントだったんだと思います。“今の状態が当たり前というわけじゃないんだぞ”という感じで出産がやってきて、あらためて歌えることのありがたみを感じられるようになったし。
一青窈
――力を抜いて歌うということの達成度合いはどうでしょう?
(笑)、どうなんだろう? 昨日、初めてツアーのリハをやって、ダメージ度が今までの倍くらいある感じなんですよね。だから、大丈夫だと思っていても、やっぱり体は子育ての毎日で疲れているんだなと思いました。
――素朴に思うんですけど、2人目より3人目のほうが平気になる、ということはないんですか。
今のところはないですね。寝る時間が、人数が増えた分だけ減ってきてるので……。みなさんどうやってリカバリーしてるんだろう……? ビヨンセのツアー・ドキュメントをNetflixで見たんですけど、彼女も去年のツアーの直前に双子を産んで、「もう私にはツアーができないかもしれない」みたいなことを言ってたんですよね。それを見て“よかった”とも思ったし、“わかる!”とも思いましたね。あのしなやかな肢体を持つビヨンセでも“無理かも”と思うんだから、無理なことは無理と言おうと思いつつ、自分の今の状態も受け入れて、できることは頑張ろうっていう。それで、以前はたいていツアーの直前に1週間くらいまとめてリハーサルをやって本番に臨んでいたんですけど、今回は準備をずいぶん前倒しして、3ヶ月前からかなり構想を練って歌う曲を決め込んでいくということをやってきて、“これでうまくいくといいなあ”と思ってます(笑)。
取材・文=兼田達矢 撮影=近藤宏一
一青窈

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