天野天街(少年王者舘)×タニノクロ
ウ(庭劇団ペニノ)特別対談【Part2
】「“ない”も“ある”も一緒という
感覚になるために」

演劇の固定概念を激しく揺さぶるような、摩訶不思議な世界を作り出す、「少年王者舘」の天野天街と、「庭劇団ペニノ」のタニノクロウの初対談の第2弾。【Part1】では、お互いの芝居を観て感じたことや、次回上演作品『高丘親王航海記』(ITOプロジェクト)と『蛸入道 忘却ノ儀』(庭劇団ペニノ)の話題が中心だったが、【Part2】ではさらに掘り下げ、作品の作り方や、その通底にあるモノ──主に「ノスタルジー」と「量子論」をキーワードに語った部分をお送りする。内容が一筋縄では行かないゆえ、解釈が難解と言われる2人の劇世界を理解する、その一助となるかもしれない。

■事象の偶然を利用すれば、いろんな面白いことができる。
──天野さんは「宇宙的郷愁」の気配を出したいというのが演劇を作る動機で、タニノさんは「演劇の価値はノスタルジーにある」というようなことを、それぞれ取材でおっしゃってました。テーマにしているのは全然違うことのように見えて、実はどちらもノスタルジーが根幹にありますよね。
天野 言葉ではあまり表せない、根元的な懐かしさ、のようなことは絶えず思います。と言ってもベクトルは、ただ過去に向かってるだけじゃないでしょ?
タニノ でもやっぱり、自分の体験を作品にしようとは思ってるんです、結構シンプルに。自分の見たものや体験したことなどの、原風景みたいなものを根っこにしたいという部分は、強くあると思います。
天野 その中に、夢も入ってきますね。夢も自分の体験の一つだから。
少年王者舘『1001』(2019年)@新国立劇場 [撮影]宮川舞子
タニノ あとは本を書く動機として、喪失感が相当なモチベーションになるというのがあります。本を書く作業って孤独なんですよね、演出と違って。その孤独を維持するのに大きいのが、割と悲しみや喪失感だったりすると思います。『地獄谷温泉(無明ノ宿)』(2015年)だと「(故郷の)富山のばあちゃんが死にそうだ」とか、富山の自然が壊されていく中で「あの川にいたナマズ、どこに行ったんだろう?」というので、グーッと想像が働いた所があるし。その瞬間を残したい……ということでもないけど「作品にしたい」という風になって、それがノスタルジーにつながってるというのは、きっとあると思います。
天野 それは同じです。失われたもの、失われつつあるもの、これから失われるもの、あらかじめ失われてるもの、今あると思われているものすべてに宿る喪失感。
タニノ でも本を書くようになってから、そういう風に考えるようになったと思います。本を書く孤独さって、僕あまり得意じゃなくて、やっぱりみんなと一緒に仲良くやりたいっていう方が強いし(笑)。だから芝居を作る時に「作家」が先に立つと、そういう風になるのかなと思います。新作作るのって、大変ですよね?
天野 大変というか、何が新しくて何が古いのかなんてゴチャ混ぜになって、わかんなくなっちゃってるけど。
タニノ すごいことだし、その中にいろんなエネルギーがあって。
天野 たぎるエネルギーたちを“友好”利用する(笑)。事象の偶然をひょいひょい利用すれば、いろんな面白いことができるなあとは思うんだけど、それを成すために必要な器なり、機会なりを用意する力がないと、なかなかできない。でもタニノさんって、そういう機会を作る能力にすごく長けてるなあと思うんです。さっきのマンションの話(対談Part1参照)を始め、いろいろ。
タニノ それはラッキーですし、どんな小さな機会でもつなぎ止めようと思ってることが大きいのかなと思います。自分の周りにあることに、なるべく優先順位をつけない……「これは自分に必要ない」「必要だ」と考えずにつき合いたいというのはあるし、それが新作を作る時、何かのある瞬間に、一気に全部出てくるような気にもなるんです。そうすると、もはやその作品自体が、まだ作ってないのにもうできてるという感覚になったりするし。
天野 自分の因果律をブラすと、未来からの残り香がただよう、ということですよね? 作品の像みたいなものがフッと現れたり消えたり、「ユリイカ(発見した)!」と思った瞬間消え失せたり、という振り幅があって。そのブレが激しくなって、だんだん像が見えてくる、というような感覚。確かにできる時は、像が先にパッとわいたりしますね。だから書けない時は、その因果律をブラすようなことをやってみるんです。
タニノ それ、どういうことですか?
天野天街(少年王者舘)
天野 公演初日の未来の自分に、手紙を書きます。たとえば「10月1日の初日の朝、できている原稿を、今日9月20日に必ず送ってください」って、想念でね(一同笑)。未来の自分は、それを守らなきゃいけない。 そうすると、フッと視えて来たりするんです。完全に、小学生的な自己暗示だけど。
タニノ すごいなあ、それ面白いっすね!
天野 でもそれで来なかった時は、やっぱり初日にできてなかったりする(一同笑)。書けてなかったらねえ、やっぱり送れないから。
タニノ ちなみに天野さんは作品作る時に、俳優とかとどんなやり取りしてるんですか?
天野 ほとんど本番の仕込みまで会わないとか、しょっちゅう(笑)。だから遠隔操作というか、台本にはスタッフ・役者に向けて、ものすごく細かい指示を書き込みます。それを守れば、まずはできるようになってるんです。「この通りにやれば何とかなる」って所まで書き込んでるから。
タニノ それまったく一緒ですね。公演って、いろんな人が関わってるじゃないですか? だから「今俺が死んだらどうしよう?」みたいな感じになって、考えてることを全部書いちゃうんです。俺がいなくても、これを読みゃあ大丈夫って所まで、何かリスク管理みたいな感じで。何か、怖いんですかね?
天野 強迫症的なものもある。というか、それをクリアしていかないと書き進められない。
タニノ ただやりたいことを全部書き過ぎると、美術家や照明家とかが、自分は仕事をしてるのか、書かれたことをただ実現するためだけにいるのか? って、だんだん考えだすんですよ。だから俺と一緒に作ってても、面白くないんじゃないかなあ?(笑)
天野 でも設計図だからね。設計図通りにやればできるもんでもねえやって。
タニノ そうなんですよね。でも書いてる時はもう、必死ですよ。起きてる間に全部書きとめとかないと、死んだ時に申し訳ないって。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』(2018年)
■自分のやっていること、俳優の目指す状態が量子論とかぶる。
──あとはお二人とも「量子論」に関心があって、それを作品に反映しようとしているのも共通していますよね。私が知る限りですが、そういう考えを演劇に持ち込もうとしている作家や演出家は、めったにいないと思うのですが。
天野 量子論の本質を理解してるわけじゃないですけど、小さい頃からぼんやりと思っていたこととそっくりだなあと。芝居みたいなことを始めて、自分のやってることが……存在の仕方や感覚も含めて、量子論と何かシンクロしてるなあって思ったという、それぐらいの話です。だから量子論を持ち込んだんじゃなくて、そもそもそこにあった、という。
タニノ 僕は『地獄谷温泉』の時に、仏教や釈迦のことをいろいろ調べてたんですけど、ちょうどその頃ダライ・ラマ(14世)が「釈迦が見えたものは、今の量子論とまったく一緒だ」って言ったんですよ。それってどういうことなんだろう? というのが、最初の興味です。と同時に「俳優ってどういうものなのかなあ?」ということも考えてて。たとえば舞台上に赤ん坊がいたら、どうしたって見ちゃいますよね? あるいは痴呆老人が出ても、やはりそっちを見ちゃうなあと。俳優に目が行かなくなる。あとは演出家が舞台に出てる時も、何か見ちゃうんですよね。これってどういうことなんだろう? と思った時に、赤ん坊や痴呆老人っていうのは、自分たちのやってることを演劇だと思ってない人たち。演出家は、どのシーンでどんな照明が当たるかまで把握してる、すごく情報量の多い人たち。この2つの対極的な中身を持ってる人に、僕はすごく惹きつけられるとわかったんですよ。だからこの2つを統合できれば、すげえ俳優ができるじゃん! と、単純に思ったんです。
庭劇団ペニノ『笑顔の砦』(2018年) [撮影]堀川高志
天野 たとえばそれが、マメ山田さん。
タニノ そうですそうです! それって……さっき言ったことに近いけど、いろんな情報を持っているけど、その一つひとつに優先順位がない。要するに自意識がないってことになる。もし俳優が目指すのがその状態であれば、ですよ? とても尊いことをやってるに違いない、と思ったんです。それが釈迦に近いと思って。釈迦って、道端で死にそうな猫と、自分の母ちゃんが死にそうなことを、同じぐらい悩んだそうなんです。それこそ優先順位が、自意識がほぼないっていう状態なんだろうなと。
天野 そうですよね。
タニノ こうなるにはどうしたらいいか? っていうのを考えた時に、人と猫を差別したくないとなると「生き物が好き」ってなるじゃないですか? じゃあ石と生き物はどうか? これも消したいってなると、結果的には「地球が大切」に行き着くだろうと。じゃあ、地球と火星はどっちが大切? そこにも優先順位をつけたくないってなると「宇宙が好き」となる。そうやって抽象概念を永遠に上げ続けると、それってつまり最終的になくなるんですよ。「無」の状態、ゼロの状態になる。
天野 あまりに何もかもありすぎて、何もないのと一緒という。
タニノ そうそう。そうやって抽象度を上げ続けて、自意識がなくなるという結果に至るまでの経路って、情報量がものすごくパンパンに詰まった状態のはずなんです。猫と母ちゃんの話でいうと、この猫はどこで何を食べて、その食べたものはどこから来て……というのをえんえん考え続けるとゼロになるけど、同時にそこは無限の想像力と好奇心で満たされているはずだと。これを仏教の世界では「空(くう)」と呼んだんです。つまり「ない」と「ある」がまったく一緒という考え方。この状態って、要するに量子論に近いということじゃないか? と僕は思ってるんです。空という概念が、量子論そのものであるという所で、ダライ・ラマはそう言ったんだろうなと。だから俳優に限らず、すべての人がそうかもしれないけど、いろんなものを均等に自分の中に持って、周りで起こったことや、見たり聞いたりしたことを、なるべく優先順位を付けずにとらえるっていうのが、とっても大切なことだと思うし、自分自身もそうなりたい。そう考えていく中で、いわゆる量子論みたいなものに、すごく興味が出たってことですね。
天野 ……一緒です(一同笑)。いや本当に、俺がいつも考えてることと一緒。別の言い方にしようと思えばどうとでもできるけど、結局同じ。
タニノクロウ(庭劇団ペニノ)
タニノ ただそれを言葉にするのって、結構難しいですよね? でも究極に言えば「体感している」ということの重要さだと思います。まあ今言ってることも、合ってんだか合ってないんだかだけど、合ってても間違っててもいい。そもそも僕の体感だから、この感覚っていうのは。多分量子論もそうだと思うんです。体感の話なんじゃないかなあと、僕はちょっと思ってます。「ない」も「ある」も一緒って感覚は、結局よくわからないですよね?
天野 どういうものなのかはわからないけど、そういうものなんじゃない? っていうものなんじゃない? っていうことなんじゃない? わかるし、同時にわからない。始まりも終わりもない。
タニノ ですよね。『蛸入道』は、その「俳優から自意識を消す」ってことを、考えて作った作品でした。
──天野さんも少年王者舘の『1001』(2019年)の宣伝文の中で、量子論について言及してましたが、狙って書いた所はあったんですか?
天野 たとえば、夢について書く時に「夢」って言葉は使わないようにしてる。でも『1001』の宣伝文では、わざと「量子論的千夜一夜物語」って銘打ったら、面白いことになるかなあ……っていうぐらいのことでした(笑)。要はいつもと一緒です、全部一緒。
──最後は哲学的な話まで行き着きましたが、今日は対談してみていかがでしたか?
天野 僕は前からファンだったから、お会いするのにすごく緊張しました。
タニノ いやいやいや、俺も序盤めちゃくちゃ汗吹き出してました(笑)。
天野 「似てる」って言ったら失礼に当たると思うけど、共通項がいっぱいあるなって思いました。作品を観ても思考が俺と似てるなあ、匂うなあ、と感じたけど、やっぱり通底するものがあるなあと思いました。勝手に。本当に。
タニノ いや、それは僕も思いました。それってすごく……(長い間)……何でしょうね?(一同笑)
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』(2019年)@ロームシアター京都  [撮影]井上嘉和 [提供]KYOTO EXPERIMENT事務局
取材・文=吉永美和子

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