文学座『一銭陶貨幣』は陶器の里で起
きた物語〜演出・松本祐子&舞台美術
・杉山至「ものづくり、承認願望への
応援歌」

文学座『一銭陶貨 ~七億分の一の奇跡~』は不条理劇を描く名古屋の劇作家・佃典彦による久々の新作。松本祐子が9月の『スリーウインターズ』から連続して演出を手がける。松本と対談をお願いしたのは、文学座で初めて舞台美術を担当する杉山至。劇団青年団を皮切りにさまざまな現場で舞台美術を担当し、また舞台美術ワークショップや劇場などのリノベーションも多く手がけている。
文学座『ぬけがら』(2005)を見たとき、おかしくて腰が抜けた。勤め先をクビになり、妻からも離婚を迫られた男性が、脱皮して若返える認知症の父を目の当たりにし、その時代時代の父に話を聞くことで自らを省みるお話。ベテランから若手までそろう老舗の実力を発揮した。これを演出したのが松本祐子で、以降、松本にとって佃は重要な劇作家に。
『一銭陶貨 ~七億分の一の奇跡~』は、第二次世界大戦末期、金属不足のため検討された「一銭陶貨」の実話をもとにしている。「せともの」の産地・愛知県瀬戸で代々一目置かれた陶芸家の加藤家。長男の和雄は陶芸の才能豊かで学校でも優等生、しかし今は戦地にいる。一方、次男の昭二は足が不自由で、陶芸の才能にも乏しい。徴兵にも不合格で自らを役立たずと卑下していた彼が、政府が依頼してきた「一銭陶貨」の完成に取り組む。いつもの佃作品のような不条理テイストが一切ないのが新鮮だ。
――杉山さんは文学座では初めてのお仕事ですね?
杉山 2005年の文学座+青年団自主企画交流シリーズで、サンプルの松井周くんの『地下室』で一回やらせていただいたことはあるんです。文学座のアトリエに伺ったのは今日が2度目ですが、歴史がすごいですよね。一見さんお断り感がすごくある。信濃町のこのへんも新しく都市開発されてどんどん区画も変わっていっているけれど、文学座周辺だけは昔ながらの東京の魅力がそのまま残っている。こういう東京がなくなるのは寂しいですね。
――なるほど、一見さんお断り感があったわけですね(笑)。
杉山 文学座さんには大先輩の石井強司さん、乘峯雅寛くんのように座付きの舞台美術家がいらっしゃるし、お話は来ないだろうと思っていたんです。だから僕でいいのかなと感じるところはありますよ。
――今回は、松本さんからの依頼だったのですよね。
杉山 そうです。松本さんとは、せんがわ劇場の海外戯曲シリーズの一環で『うちの子は』を2018年に舞台化するときに初めてご一緒して。それがご縁でお声がけいただいたのだと思います。
松本祐子
――松本さんが杉山さんに依頼した理由を教えてください。
松本 作品は以前から拝見していて、ほかの舞台美術家さんとは切り口が違うと感じていたんです。そして小さな空間では不可能だろうと思えることを可能にしていることにも興味がありました。『うちの子は』のときに持ってきてくださったプランも面白かった。セット全体で男と女が交わって、子供が産道をめぐって生まれてくるというコンセプトでした。親子の話がいくつか並ぶ作品だったので面白いと思ったし、私自身が完璧な抽象セットで芝居をつくることがなかったので楽しかったです。この秋に『スリーウインターズ』『一銭陶貨』と2本続けて演出させていただくとなったときに、至さんが得意なのは『スリーウィンターズ』だと思ったんです。そして文学座の素晴らしい先輩、石井さんは昭和の世界が得意な方。
杉山 石井さんだったら、こういう舞台装置で来るだろうという絵は浮かびます。
松本 そこをあえて逆にして、建築家的なマインドがある至さんに具象性が必要とされる昭和の世界をお願いしました。新しいものが生まれるんじゃないかという期待もあるんです。
――実は取材依頼をしたときに、佃さんの不条理な世界を杉山さんがどう料理するか興味があったんです。戯曲を読んだら、いわゆる佃ワールドではなかった(笑)。
松本 じゃないですね(笑)。今回、一銭陶貨を題材にというお話は佃さんからご提案いただいたんですよ。佃さんも私も名古屋育ちで、瀬戸市は隣町。ただ一銭陶貨の史実はNHK名古屋の方から聞くまで知らなかったんですって。テレビドラマは企画が流れてしまったけれど、これを絶対芝居にと考えていたそうです。アイデアを3つ考えてくださった中で、これがもっとも不条理色の少ないものでした。それでいっそ、得意の不条理を封印してみてはと提案したんです。佃さんは最近、失われゆく文化や原風景が経済効率で潰されていくことに対する思いを描いている気がするんです。児童劇だと子供が喜びそうなファンタジックな遊びの要素がいっぱい入ってくるんですけど、今回は違う挑戦にしたかったんです。
杉山至
杉山 僕も佃さんとは劇団うりんこの『戦国クリスマス』でご一緒しているんですけど、時代がバンバン飛んで、現代の矛盾を違った時代から照射するようなことをやられていました。児童劇ということで思いっきり遊んでいて、僕も秘密基地をつくったり遊ばせていただきました。この台本は押さえるところをすべて押さえた、太さを感じます。悔しいのは、どうにも時間がなくて瀬戸に行けなかったこと。僕は街歩きが大好きで、空気を感じたりスケッチすることで体に落とし込んで美術を考えることが多いんです。そのぶん今回は近くを通ったときにイメージを膨らませたり、佃さんからお話も聞いたり、加藤さんのモデルになったお友達のことをうかがったり。
松本 佃さんのお友達が瀬戸で陶器の会社を経営しているんですって。
杉山 太さというのはそういうことで、本当に身近な題材を書いているから、筆の裏側にもいくらでも逸話があって、その中からエピソードを拾ってきている感じがするんです。
松本 佃さんの本は不条理のときも含めて、ご自分の生活に近いところで面白を拾っている気がする。
杉山 でも今回は、こういう本も書かれるんだって驚きました。
松本 ご本人も冒険だったんじゃないでしょうか。
『一銭陶貨』は舞台美術への細かい要求が多い戯曲
――舞台美術について、お二人はどんな打ち合わせをされたんですか?
松本 この戯曲は要求が多いんですよ。
杉山 かなり具体的に細かくああするこうするという要求がある。ディテールからグーって広がっていく世界だなと感じました。
松本 佃さんは今この角度から窯を見ている、でもさっきは違う角度から見てたでしょって感じるところがある。要求というのはそういう意味です。映像だったらアップになるし、斜めにも見せられるけど。この戯曲はまた、物語がいろいろあるので、それをどう下支えするかも大変なんです。至さんには、不自由な思いをさせてしまっているかもしれません。
杉山至
――杉山さんは枷が大きい場合と自由にできる場合とどちらが楽しいですか?
杉山 どっちも楽しいですけどね。たとえば平田オリザという人は舞台美術のことはまったく言わないんですよ。暖簾に腕押し状態(笑)。
松本 怖いですよねえ。
杉山 いいとも悪いとも言ってくれない。よほど悪いと言うんですけど、許容量が広いんですよね。自分の戯曲の世界はそのくらいでは壊れないから、ある程度なにをやっても構わないというスタンスなんです。一方、地点の三浦基は、こだわるところはものすごくこだわるんですよ。決まってくるとまた要求が変わったりもする。その方が面白くてやりがいがある。祐子さんとは2回目で、前回「私は本当は具象の世界なの」とおっしゃっていたことを思い出しながら考えました。
――先ほど松本さんから杉山さんの切り口がほかの舞台美術家とは違うという話がありましたね。
杉山 わかります。僕は師匠がいないんですよ。そこは僕自身が意識していた部分。20代でやっていても、師匠がいないから箸にも棒にもかからない。いろんなものをつくっても評価はされないし、本当にこれでいいのかと不安がありました。でも自分の中で転機があって、それは海外、フランスに行ったとき。こんなことまでやっていいのかみたいなことを目の当たりにして自由になれたんです。
――今さらお伺いするのも申し訳ありませんが、舞台美術の道で行きたいと思った瞬間があるんですよね?
杉山 僕の人生、迷い放題です。最初は親や兄の影響で理系だったんですけど、大学受験時に文転して哲学をやって、ドイツ文学をやって、その後に建築をやりました。プラトンが「国家」の中で「30歳まで哲学をしろ。実学はそれ以降だ」と書いていて、まだまだいいやと(笑)。その中で建築は非常に面白くて。でも建築はつくっていくと人がいなくなって、構造やスタイルになってしまう。それに対して舞台美術の場合は引き戻されるんですね。演出もありますし、人が動くし、触るし、それがとても面白かったんです。
松本 哲学を勉強されていたのはわかるなあ。前回もどうしてこの美術になったか、非常に哲学的、文学的にお話ししてくださった。そして、それは私にすごく足りない部分なんです。海外、ヨーロッパの芝居は演出家の解釈、舞台美術家の哲学がかなり前面に押し出されている。私は使い勝手と、役者が動くための空間だという思考が強いから、そういう思考の働かせ方がまだまだ未熟。演出家として成長するには至さんのように哲学的思考回路で考えることも必要だと思うんです。
松本祐子
杉山 そうは言っても、今回も、ここは攻めているというところがあるんです。たとえば僕の装置は壁が少ない。これは家族の話で、先祖も出てきて、重い話でもある。そこで現代を生きる健太郎(加藤家のお手伝いで昭二を支えた秋代の孫)が最終的に自分で考えるしかないということを学び取っていく。日本は軸組工法といって、建物を柱からつくるんです。柱と梁の中にずっといなければいけないという感じをすごく意識しました。瀬戸という場所で300、400年続く家で歴史のレイヤーが重なっていくというのも……。そうそう全然違う話なんですけど、兵庫県豊岡市に青年団が移転するんですけど、僕も物件を探していたら不動産屋さんに紹介されたのが大地主さんのお宅なんですよ。山や田んぼもついていて、母屋に内蔵、外蔵がある大正時代には登記された建物。これを今の状態で使ってくれる人を探していると。僕と年齢が近い長男さんは大阪に出ているんですね。わかるんですよ、時代を抱えているけどもそれでは生活はできない。今までお母様が守っていたんですけど、病気で東京の診療を受けていたら「もう戻りたくない」と。東京が便利すぎるから。そんな僕の日常の出来事が物語とどんどん重なってくる。佃さんが描きたいのは、僕らが子供のころ見ていた風景、絶対なくならないだろうなと思っていた素敵な風景がどんどん壊されていく中で、残したいけれど生活が立ち行かないし、文化が違いすぎるし、もはやこんなところに住めない、東京でマンションを買った方が楽でしょという現実に対する思い。だから加藤家の陶房、家屋はしっかりつくりたかったんです。
松本 佃さんのお友達も子供には継がせないっておっしゃってるらしいです。継がせたところで経済が成り立たない。この戯曲には佃さんの根幹にある経済効率によって失われていくものに対する「ちょっと待てい!」がすごくストレートに現れている。同時にものづくりすることはとても尊さ。「ものづくり日本大賞」とか日本の素晴らしさを伝えるツールにされてしまっているけれど、実際に携わっている方々は習得された技術が素晴らしいみたいなところだけではない部分で必死に働いている。だから建前ではなく、本当に働いている方への応援になる作品にしたいですね。そして『スリーウィンターズ』もそうですが、人間の承認願望、他者に認められたいということが強く描かれている。現代は承認願望をいたく感じる時代だと思うんです。それが歪んだ形で現れた事件も多いけど、この物語には健康的な承認願望がうごめいている。承認願望を素直に持つことは素敵なことだよということも伝わるといいなあと思います。
松本祐子(左)と杉山至
取材・文:いまいこういち

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