演劇ユニットnoyRが、別役実『マッチ
売りの少女』を楽器を使わない音楽劇

演出・樋口ミユと音楽・棚川寛子いわく

「いろんな人が寄って集って向かわなければ太刀打ちできない戯曲だった」

座・高円寺(東京都杉並区)の演劇研修所「劇場創造アカデミー」第3期修了生、俳優の大木実奈と仲道泰貴、制作の吉川剛史による演劇ユニット、noyR(ノイル)は、古典戯曲や近代戯曲を現代風にアレンジした上演に取り組んでいる。演出を担当する劇作家・演出家、樋口ミユは「劇場創造アカデミー」第2期生でnoyRの旗揚げからかかわっている。今回取り上げるのはnoyRも樋口も初挑戦の別役実、その代表作『マッチ売りの少女』だ。ユニークなのは、SPACなどで活躍する「台本が楽譜」「楽譜を書かない」音楽家・棚川寛子とタッグを組むこと。
 『マッチ売りの少女』は、アンデルセンの童話のイメージに日本の戦後史を重ねた、静謐で幻想的な外観をもつ一幕劇。大晦日の晩。子供を亡くした初老の夫婦がお茶の準備をしていると、市役所から来たという見知らぬ女が訪れる。女は夫婦の実の娘だと告白する。さらに、かつて戦後の焼跡でマッチを男たちに擦らせ、その炎が消えるまでの間、スカートの中を見せる「マッチ売り」をしていたとも。そして彼女は善良で無害な市民の象徴である夫婦の家庭に入り込み、理不尽にも過去の責任を執拗に追及する――。
樋口ミユ(左)と棚川寛子 (撮影:伊藤華織)
――樋口さんや棚川さんが別役さんの戯曲を手がけるというのがユニークです。またお二人の顔合わせが新鮮です。
樋口 noyRは制作の吉川君が作品の枠組みを考えて、私に豪腕で投げてくれはる(笑)。それをもとに必死に私がプランを考えて提案するんです。別役さんも彼からの投げかけで、台本を読んだら、行間にいろんな思いが詰まっていて、戦後の時代の無数の声なき人びとがしゃべっている気持ちになって。最初に4人で稽古しているときも、稽古場にたくさんの人がいそうな気がしてしんどいくらい。それで戯曲に書かれてない人たちが必要だと。そういう話をしていたら、しばらくして音楽でやろう、棚川さんに音楽を担当してもらったらどうだろうとなったんですよ。出演者も演奏隊として新たに3人を増やしました。
棚川 豊橋の市民さんとエンデの『モモ』を音楽劇として上演したことがあったんですけど、そのときに台本をミユちゃんが、音楽を私が担当したことがあります。そのときはお会いできなかったんですけど、最初の接点です。
樋口 あ、そうでした、そうでした!
樋口ミユ (撮影:伊藤華織)
――これまでにお二人は別役作品を上演したことはありましたか?
樋口 ないんです。でも吉川君はなぜか私が興味を持っているものを持ってくることが多いんです。なんだろう、あの鼻が効く感じ。私が20代のころ、別役さんと北村想さんはもっとも遠い劇作家でした。全然理解できなかった。誤解を恐れずに言えば大きなコンプレックスだったんです、こんなにも有名な戯曲がわからないなんて頭が悪すぎるって。でも演劇をコツコツと続けていたら、歳を重ねるほど、知らんうちにわかってきたというか、理解、発見が増えてきたんです。
棚川 別役さんは読めば読むほど、SPACでやるような三島由紀夫さん、シェイクスピアやギリシャ悲劇のような古典をやるときのアプローチでは音楽のイメージが浮かばなかったですね。楽器を鳴らすとかじゃないなって思った。
――ん? 楽器は鳴らさないんですか。
棚川 うん、鳴らさない。ノー楽器なの。なんて言えばいいだろう。自分の身体を演奏するという考え方というか。だから見た目はパフォーマンスしているように見えるかもしれない。
樋口 演奏隊は、戯曲を演じている俳優のことを見ながら自分の身体を満たしていくんですけど、その結果として表に出るのはため息なのか、足を踏み鳴らすのんか、手を打って自分の身体を叩くのんか、身体を使って音を出す。音を出すために何かをするのではなく、エネルギーがあふれて何か音になる感じです。
棚川 楽譜があって、その通りに楽器を演奏するのが本来の音楽の作り方ですけど、私の場合は台本が楽譜になることが多いんです。シーンからなんとなく聞こえてくる音楽をイメージして作る。けれど今回は楽器を一切使わず、役を演じる役者と演奏隊が同じ空間にいて、自分の身体の延長の音を出そうとするときに、欲求や感性をのせもらうんですよ。
棚川寛子 (撮影:伊藤華織)
―― ……。
樋口 なんやろ、言葉で説明するのは難しいなあ。でも見たらああってなると思いますよ。
棚川 なんだこりゃと思う人もいるかもしれませんが、私は俳優だからできる音楽だという気がするんです。ミュージシャンだったら私が言うことに「?」が100個くらい飛ぶんじゃないかな。でも役者さんの場合はスタートの段階で10個くらいで済む。役者さんは自分の身体をどうそこに置くかということが考えられるから。楽器がない怖さはあると思うんですけど、役者と一緒に別役さんの戯曲をエネルギーで満たす身体が楽器になるというか。
樋口 演奏隊を見て役者が話す声を聞いているのに全部わかったり、演者の姿を見ながら演奏隊が動いているのを一つの絵面として見ている瞬間があったり。観客は役者の中の誰を見ようか、演奏隊の中の誰を見ようか、誰を追っていてもいい感じがするんですね。演奏隊の子たちが棚川さんと音符みたいなものを作っていくときに、これは誰もやったことのない、今まで誰も考えなかったことをやっていると思ったんです。だからわからなくていいと思う。それがどうお芝居とマッチするのんかいうのも初めてやから「?」がいっぱいあっていいと思う。でもその「?」が私たちの間では、すでに10個のうち8個は解消されていると思っています。
――棚川さんもそういう仕掛けは初めてですか?
棚川 そうなんです。
――演劇における音楽の可能性を新たに広げていらっしゃるということですね。
棚川 うふふふ。そんなに素敵だったらいいんだけど。
(撮影:伊藤華織)
(撮影:伊藤華織)
――ところで『マッチ売りの少女』をどういう物語としてやろうと思っていらっしゃいますか?
樋口 これは、何かこの物語の人たちだけの特別なものじゃないと思ったんです。この女の存在が、何か復讐しにくるとか読めなかったし、読みたくなかった。誰もが自分の中に汚点みたいなものを持っているじゃないですか。戦後の日本人は誰かをぎゅっと抑えたり、自分よりも弱い人たちを踏みつけなければ進めなかったんじゃないかと思うんです。誰もが悪くないんだけど、小さな罪を犯さないと生きてこれなかったという染み、汚点みたいなものを持っておきたかったんです。女も外からやってくるのではなく、ずっとそこにいたものがポッと浮かび上がるというか。女が何かを壊しにくるわけじゃないんだということを大事にしたかったんです。
――なるほど。
樋口 この戯曲を読んだときに何かに似ているなと思ったんです。それは聖書。あの時代、姦淫した女性は石打ちの刑になった。みんなが石を投げ付けて殺すんですけど、キリストは、自分の中に何一つ罪がない人がいるならばこの女を殺してもいいと言うんです。すると誰も石を投げられなかった。『マッチ売りの少女』に出てくる女も最終的に弟と呼んでいる男の子をボコボコにする。でもこの女がヒステリックだったり異常者に見えたくないなあと思ったんです。誰もが生きていかなければいけなかった結果としてもっとも弱いこの人にしわ寄せがいっただけ。彼女もまた自分よりも少し弱い、自分の暴力を受け止めてくれる弟にぶつけているんだなって思ったんです。実はこれらは稽古しながら発見したものなんです。最初は弟がずっと殴られ続けている意味がわからなかって。でも弟役の俳優さんが最後のセリフを穏やかに言った瞬間があって、これも聖書ですけど、右の頬を叩かれたら左の頬を出せっていう話が浮かんだんです。生きるための暴力の連鎖を止めるために弟の存在が必要だったんだ、彼が全部受け止めるからこの女がこんなかわいそうな人がいたというだけの存在にはならないんじゃないかって。そう考えたら、これは希望の物語かもしれないと思えたんです。
――作りながらわかったということですね。
樋口 最初に自分一人で考えて行き着いたものは、すごく小さくて狭かった。役者、演奏隊や棚川さん、いろんな人が寄って集ってこの戯曲に向かわなかったら太刀打ちできないんだなって思いました。だからもし次に別役さんの戯曲をやる機会があるとしたら、今の自分よりはちょっとだけ別役さん靴が履けるかなって思う。これは経験しないとわからない戯曲なんだなあって思いました。
(撮影:伊藤華織)
――話は戻りますが、棚川さんのアイデアが来たときはどう思われましたか?
樋口 棚川さんは、わかんないよ、わかんないけれど、こんなふうに思うのって説明してくださったんです。具体的にどういう動きか、どういう音かはわからないんだけれど、棚川さんがしゃべっているのを聞いて「なんだかわかる」と思ったんです。やらんとしてはることは人間が生きるためのエネルギーのことだって。俳優の内側で動いている密度とかパワー、エネルギーを変換したら音になる、それを人間に変換しようと思っているんだなって。
――棚川さんがニコニコやってくれていると心配にならないかもしれませんし。
樋口 そうです、そういうことです(笑)。
棚川 演奏隊のやっていることは見る人によっては無言のお芝居に見えるし、ダンスにも見えるし、精神病院にも見えるかもしれない。でも芝居をしている役者さんと合わさったときに、本にも書かれていないことを脳内でいろいろ想像し始めるというか。それが音楽が鳴ったときに、音楽とお芝居が合わさって頭の中で想像することに似ている。そんなふうに空間が豊かになっているといいなって。別役さんのワールドをいろんな角度から想像していただき、いろんな形に見えるといいなって思います。
取材・文=いまいこういち

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