名古屋の劇作家・渡山博崇と演出家・
刈馬カオスが初タッグを組み、世界で
愛される猫の冒険物語『ジェニィ』を
人形劇化

今年で創立30周年を迎えた〈愛知人形劇センター〉の記念制作事業として、まもなく9月20日(金)から名古屋の「損保ジャパン日本興亜人形劇場ひまわりホール」で開幕する『ジェニィ ~白猫ピーターの不思議な冒険』。原作はアメリカの作家、ポール・ギャリコによって1950年に書かれた、ある日突然、猫になってしまった少年ピーターの冒険を描いた物語だ。
今回の上演にあたっては、共に名古屋の中堅劇作家・演出家として活躍する渡山博崇(星の女子さん主宰)と刈馬カオス(刈馬演劇設計社主宰)がそれぞれ劇作と演出を担当。矢川澄子が翻訳を手掛けた「さすらいのジェニー」(大和書房刊)を元に戯曲を立ち上げ、若手からベテランまで6人の俳優を起用し、ダンスまで取り入れた人形劇化に挑んでいる。
年齢も近く、かねてから交流はあったものの、劇作と演出という立場で密に作品創りを行うのは今回が初となる渡山博崇と刈馬カオスに、共同作業について、また各々が今作で目指した点などについて話を聞いた。
左から・脚本の渡山博崇、演出の刈馬カオス
──まず最初に、今回の依頼を〈愛知人形劇センター〉から聞いた時は、どう思われましたか?
渡山 お話をいただいた当初は、『ジェニィ』と他にも候補作があったんですね。
刈馬 もう少し絵本っぽい作品とか3作ありましたね。
──その中からお二人で『ジェニィ』を選ばれたのですか?
刈馬 そうですね。なんとなくあたりをつけて読んでみようか、という話になって。
渡山 だいたい二人とも最初から『ジェニィ』がいいんじゃないか、という感じではありましたね。僕は猫が主人公というところにも惹かれて、『ジェニィ』は知らなかったんですけどポール・ギャリコの他の猫の作品を知っていたので、なんとなく親しみがありました。『ジェニィ』に決まって書かなきゃ、となった時に、唐十郎さんの戯曲『さすらいのジェニー』を参考にしようと思って読んだんです。そしたら、原作のことは1P以内でサッと終わって、あとは延々とオリジナル作品が続くっていう(笑)。これをやられたらもうこれ以上やることはないと思ったので原作にド忠実にいこうと思って、あの分量の内容(約350P)をすべて、できるだけ網羅してやろうという気持ちで書いたんです。でも、さすがに読むだけでも4時間以上かかるのを芝居にして90分以内に収めようというのは無茶な話で、刈馬さんと何度も打ち合わせをする中で、語り手を一人、乳母というキャラクターに任せることにしました。原作にはないアレンジですけど、なるべくお話のエッセンスを入れるために狂言回しに入ってもらったらなんとかいけるんじゃないかな、と思って。
──稽古を拝見させていただいて、乳母の存在でお話がとてもわかりやすくなっているなと思いました。
渡山 そもそも原作がピーターの夢のような妄想のような世界なので、ピーターが知ってることや、“ピーターの思い”というのが世界にだいぶ反映されているんですね。母親への思慕の情というのもあるんですけど、それよりも乳母に対する親愛の情や、乳母から受けた影響の方が大きいような気がしています。スコットランドやグラスゴーとか旅の舞台が出てくるのも乳母の出身地だったり、そういう意味でも乳母が背後にずっといる、というのがいいのかなと思いました。
──刈馬さんは、最初に依頼を聞かれた時はどう思われましたか?
刈馬 人形劇を演出するのは初めてなので、どんなもんかなぁっていうのと、渡山さんとは何かといろいろお付き合いさせてもらっているわけですけども、脚本と演出で組むのは初めてなので、これは楽しみだなと。まずそこにとても惹かれました。いろいろ話をしたら、原作を全部やるっていうから、バカなこと言ってるなと(笑)。無茶だろ、「演出でなんとかしろ」と思ってるんじゃないだろうな、って(笑)。そこから何度かプロットを作ってもらって、それを元に「これはこういう風な感じでシーンを見せようと思う」と、演出プランと同時に話しながら骨格が出来ていったという感じでしたね。
稽古風景より
──渡山さんは、劇団公演ではいつも劇作と演出の両方を手掛けられますが、今回は脚本のみということで、いつもと書き方が違ったりしたのでしょうか。
渡山 特に何かが違うというわけではないんですけど、人形劇というのもあったし、細かいプランを考えなくても打ち合わせの段階で刈馬さんが演出的なアイデアをどんどん提示してくれるので、結構ビジュアルは浮かびやすかったですね。僕の作品にしては珍しくプロットを頭からしっかり書いていた方なので、執筆に入ったらすぐに書けるだろうと思ったら全然書けなくて(笑)。想定した期間丸々、本当に一行も書けない…というか、冒頭1Pを延々と書き直したりしていたんですね。これじゃあ全然『ジェニィ』が始まらない! って。そこから今のスタイルに落ち着いて、やっと巻いて書き上げることができました。
──それは、乳母を語り手という役割にしたことが大きかったんですか?
渡山 乳母の登場の仕方というか、どういう関わり方をしていくか、ですね。ただの語り手ではない感じで。でも最終的には、刈馬さんと、乳母を演じる荘加(真美)さんへの信頼でずいぶん書けたな、という気はします。
刈馬 冒頭は丸々、原作にはないシーンなんですね。僕も原作モノは何回か手掛けていますから、原作の雰囲気と自分の書く世界観というものをどう折り合いをつけるか、みたいなところですごく苦労するのはわかっていました。でもその分、出来上がってきた脚本の1ページ目は本当に素晴らしかったです。これで始まったらあとは大丈夫だ、という1ページ目でしたので。
──渡山さんは、原作モノを戯曲化するのは初めてですか?
渡山 昔、リチャード・バックの『イリュージョン』を元に書いたことがあるので2回目です。
──刈馬さんが言われた、どう折り合いをつけるか、という点で苦労されたところは?
渡山 僕が書く意味、というのはやっぱり考えざるを得なくて。なぜ僕が頼まれたのか。ただ要領よくお話を切ってまとめて交通整理しただけのホンだったら、せっかくやらせてもらった意味はないな、と思って。かといって、変に自分を出して爪痕を残そうとするのも違うし。原作モノのバランスの取り方は本当に悩んだんですけども、結局、僕がこれだけのお話を書くエネルギーを冒頭で作っておかなきゃいけなくて、単純にそれだけの話だったな、という気もします。自分がこの物語に対していかに興味を持てるか、というところで変な回り道をしたのかな? とも思ったし、いろいろなスタッフさんに迷惑は掛けましたが、その分なんとか良い物は書けたかなと。
──ピーターやジェニィをはじめ人形がとても愛らしいですが、人形のデザインはどちらが?
刈馬 デザインと製作は、〈人形劇団ひとみ座〉さん(昭和39年から5年間テレビ放映され人気を博した『ひょっこりひょうたん島』の人形製作や操演などで知られる)に基本お任せで、イラストが上がって来た時に、「目をもっと大きくしてほしい」という渡山さんからの要望を伝えたり、ルル(きまぐれな猫)というキャラクターに関しては、僕から「まつ毛をできるだけ長くしてほしい」とオーダーしたりしました。その辺りはキャラクター性ですよね。あとは演出上の可動域の問題とか、そういったことはリクエストしました。
稽古風景より
──操演されているところを見ると、身体を舐めている仕草など本当に猫みたいに見えるのに驚きました。
刈馬 本来はもう少し硬い感じの人形にするみたいなんですけども、身体の舐め方とか、ピーターが猫になっていくレッスンのシーンがあるため、とにかく柔らかく、というのもオーダーしました。そこはちょっと演者さんの操作も難しいところではあるんですけども。
──猫の人形を遣う演者さんは、猫の仕草を研究されたり?
刈馬 各自、猫カフェに行くようにと言いいました。「経費で落とすから」って(笑)。あと、猫動画がよくLINEグループで流れたりしてますね。思った以上にちょっとした仕草で人形に命が吹き込まれる感じがするので、見ていても面白いですね。
渡山 僕も初めて人形を見て、思った以上に可愛くて。しっかり存在感があって、あぁいい人形だな、と思いました。
──人間の人形の方は、「セサミストリート」みたいですね。
刈馬 そうなんです。まさしく「セサミストリート」みたいに、とオーダーしました。船乗りたちの役が出てきてミュージカルのシーンがあるんですが、じゃあそれを人間がやるのか、といったらそれは面白くないだろうと。でも、猫とのサイズの違いがあるので、いっそ猫よりも小ちゃいぐらいにして戯画化した方が受け入れやすいんじゃないか、ということと、ミュージカルで歌を歌う時に、人間以上に口がパカッと開くことで、それがミュージカルシーンでのある種の力強さを生むんじゃないかな、という意図がありました。
──この作品は、子どもも鑑賞の対象になっていると思いますが、その辺りも意識して創られているのですか?
渡山 そこは〈愛知人形劇センター〉理事長の高橋一元さん(今作に出演もする)とも話したりしたんですけど、子どもだからといって舐めなくていいと。今はわからないことがいっぱいあったとしても、それよりも印象に残ったり、そういうことがあるんだということを知ってもらった方がいいし、子どもは意外と大人よりもちゃんとお話をわかってくれる、と仰っていたので、子どもを舐めずに書きました。
──刈馬さんは昨年、〈劇団うりんこ〉の『風を見たかい?』で初めて児童向け作品の脚本(原作は宮澤賢治の『風の又三郎』)と演出を担当されましたが、その経験が今回生かされている部分も?
刈馬 『風を見たかい?』は、過去と現在を行き来したり複雑な構造にしていたものですから、うりんこさんには当初は心配もされたんですけども、子どもたちには今が25年前で…とかそういうことがちゃんとわからなくても、結果的には「なんとなくわかって面白い」と感じてもらえたのではないかと思います。理路整然と説明していくと、どんどん物語が停滞してしまう、というのはありますし。今回も、原作があれだけのボリュームで、渡山さんからそれを全部やると聞いた時に、舵取りとしてはそっちの方向なんだろうなと。できるだけ何が起こっているかはわかりやすくビジュアルで見せていくけども、情報として説明することにはあまり力を使わない方がいいであろうと。『風を見たかい?』を創ったことでひとつ学び、今回に活かされていると思います。
──子供たちの方がむしろ、観たものを大人よりも柔軟で自由な想像力で捉えてくれるかもしれませんね。
刈馬 そうですね。大人の方の方が論理的に頭で処理しようとするんですけども、できるだけ五感的に見せていきたくて。なので猫の毛並みなんかは、ひとみ座さんに伝える時にできるだけ体温を感じるような毛並みであってほしいな、とも思っていました。
稽古風景より。堀江善弘による振付の様子
──渡山さんの脚本をご覧になった時に、最初のワンシーンでこれはいけるだろう、と思ったということですが、全体を通して他に思われたことはありますか?
刈馬 とにかく場面がどんどん飛ぶので、演出家としては「今が何処なのか?」ということは、やっぱりある程度わからせなくちゃいけないよね、という時に美術家も結構頭を抱えていまして。でも、場面転換には絶対に時間を掛けないことにしよう、というのは方針としてあったんです。要するに、時間を掛けてちゃんと作り込んだものを出したらそれはそういう風に見えるだろうけども、それによってどんどん場面が変わっていくという物語の推進力が失われるならば、どちらを取るべきかは火を見るよりも明らかだろうと。それで、できるだけ場面転換の時間は作らずにやっていこう、というのはホンを読んだ時に一番思ったことですね。
──今回は人形を遣うだけでなく、演者自身もダンスをしたり、動きに振りが付いたりしていますが、堀江善弘さんに振付を頼まれたのはなぜですか?
刈馬 堀江くんとは僕の芝居で何度もご一緒させてもらっていて、特に『風を見たかい?』の時にすごく楽しいダンスを創ってくれたので、今回もそういう、子どもがすごく喜ぶ、印象に残る振付をしてくれるだろう、というのがひとつありました。それで実はいつもより振付のパートをたくさん頼んでいるんですけども、船乗りのシーンは渡山さんからのリクエストで「ミュージカルにしたい」という要望があって、僕は、ルルとピーターの逢瀬のところは、映画の『ラ・ラ・ランド』っぽくしたいと。「歌わないミュージカルでやりたい」ということ、そして何度もある“戦いのためのレッスン”だとか、“デンプシー(町のボス猫)との戦い”とか、いわゆる殺陣の部分もやってほしい、と。大きくこの3つは人形ならではの動き、というのが出来るであろうと思って、最初は「投げてもいいような人形を作ってほしい」と言ったんですよ。人間だったらここからあそこまではとてもじゃないけどこのスピードで行けないけど、猫だったら行けると。ぶん投げることは出来ないか? みたいな(笑)。まぁそれはあんまりだったので無くなったんですけども、そういう何か「人間じゃない動きを入れてほしい」ということはお願いしています。
──そういう意味では、普段やっていらっしゃる人間だけのお芝居よりもアイデアが沸いてくる部分があったりしますか?
刈馬 そうですね。役者だけでやる時より自由度が高いところももちろんあります。ちょっと誤算だったのは、これだけ登場人物の多い芝居で6人しか演者がいなくて、手の動きなどをつけようと思うと、一体の人形に対して2人とか3人付かなくてはいけないわけですよ。役者が足りない問題、というのが当然発生してきて、それによってちょっと演出プランを修正したりとか、そういうことはあります。
──渡山さんは、演者の人数が6人と把握した上で脚本を書かれたんですよね(笑)。
渡山 人数はわかった上で、でもそういう現場の事情…一体の人形を動かすのに2~3人いる、ということを一切考慮せず、一人一体動かせればいいでしょ、と思って書きました(笑)。なんとかギリギリいけるような設定だったので、それは困りましたね、って感じです(笑)。
──誤算があったのは、人数的なことだけでしたか?
刈馬 いや、やっぱり「人形劇ではこういう風にしますよ」と指摘されたり、逆に、ここはどうしたらいいかな? と思ったら、「こういう風に動かしたらそれっぽく見えます」という感じでアイデアをもらったりしました。だから良い誤算も悪い誤算もたくさんあって、人間でのストレートプレイでやっている時には思いつかないような場面の処理の仕方や動き、表現というものを、今回たくさん知ることができたなと思っています。
── 渡山さんは刈馬さんの演出をご覧になって、驚いたことや自分とはやり方が違うなと思われたことなどありますか?
渡山 最初から刈馬さんの仕事には信頼があるので、刈馬さんだったら大丈夫だろうと。僕がやるよりも全然見やすく素敵なお話にしてくれるだろうなと思います。僕が自分で演出をやると、人形劇ではないですけど、シュバンクマイエルとか奇怪な方に寄っていきそうなので(笑)。
『ジェニィ 〜白猫ピーターの不思議な冒険』チラシ表
取材・文=望月勝美

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