アメリカの闇を鮮烈にあぶり出す、衝
撃の『ウエスト・サイド・ストーリー
』、IHI ステージアラウンド東京で上
演中

新演出の醍醐味
 IHIステージアラウンド東京で、8月22日に幕を開けた『ウエスト・サイド・ストーリー』(以下『WSS』)。「今まで誰も観たことのなかった『WSS』」のキャッチ・コピー通り、工夫を凝らした演出が堪能出来た。まず短いオーヴァチュアに乗せて、客席を360°取り囲む可動式大スクリーンに、移民の非行少年による暴力事件を報道する、1950年代の新聞の見出しが躍る。やがてスクリーンが開くと、そこはNYの貧民居住地区。ポーランド系ジェッツと、プエルトリコ系のシャークスの確執をダンスのみで描く、あの有名な〈プロローグ〉へと突入する。ダイナミックなダンスに加え、少年たちは客席前方を駆け回り、新バージョンはオープニングから快調だ。
マリアとトニーが初めて出会うシーン Photo by Jun Wajda
 やがてダンス・パーティで出会い、人種の壁を乗り越えて、激しい恋に落ちるマリアとトニーが登場する。トニーが彼女への想いを高らかに歌い上げる〈マリア〉では、バックのスクリーンに満天の星が輝き、続くデュエットの〈トゥナイト〉は、バルコニーのセットがステージ前方に移動。再びスクリーン一杯にNYの夜景が煌めくという、観客を夢の異次元に誘う演出が心地良く、レナード・バーンスタイン(作曲)とスティーブン・ソンドハイム(作詞)による濃密な名曲を、さらに盛り上げる。
〈トゥナイト〉を歌う、マリア役のソニア・バルサラと、トニー役トレヴァー・ジェームス・バーガー Photo by Jun Wajda
より暴力的に、より生々しく
 『WSS』を生み出したのは、天才ジェローム・ロビンス(原案・振付・演出)。今回の演出を担当するデイヴィッド・セイントは、脚本を手掛けたアーサー・ローレンツの愛弟子だ。彼は、ロビンスとローレンツの意図を再考しつつ作品を一から洗い直し、徹底的にリアルさを追求した。その結果が、作品の随所に表れている。代表的なのが、一幕終盤のジェッツとシャークスの決闘シーン〈ランブル〉。ここは、2組が派手に取っ組み合いを展開する場面なのだが、実は細かい動きに至るまで綿密に振り付けられたダンス・ナンバーなのだ。これまでは、ロビンス振付の様式美さえ感じさせる公演も多かったが、新バージョンでは少年たちの憎悪を剥き出しにした暴力性が舞台に炸裂し、一瞬たりとも目を離せない。
迫力ある〈ランブル〉の一場面 Photo by Jun Wajda
リアルさを追求したセット
 また、客席を囲む複数のセットも出色だ(場面転換に伴って、客席が回転する)。トニーが働き、ジェッツのたまり場となるドラッグストアは、棚に積まれたキャンディやジュースの瓶も、おそらく1950年代の商品を忠実に再現したのだろう。内装の細部まで凝りまくっているのだ。加えて、前述の〈ランブル〉の舞台となる高架下のセットは、廃車が無造作に置かれリアリティーを強調するなど、装置にもセイントのこだわりが感じられる(セット・デザインは、『スクール・オブ・ロック』などのアナ・ルイゾスが担当)
ドラッグストアで、〈クール〉を歌い踊るジェッツの面々 Photo by Jun Wajda
 楽曲も、装置をフルに生かした〈クインテット〉が圧巻だ。決闘前に意気が上がる、ジェッツとシャークスの重唱に、マリアとトニー、シャークスのリーダーの恋人アニータの想いが交錯するこのナンバーは、横に広がる巨大なパノラマ式セットが効果抜群。キャストのパワフルなボーカルも相まって、全編のハイライトとなっている。
壮大な〈クインテット〉。セットが素晴らしい。 Photo by Jun Wajda
アメリカの暗部を活写
 セイントは、2009年に脚本家ローレンツが演出した『WSS』ブロードウェイ再演に、アソシエイト・ディレクターとして参加(ツアー版が2012年に来日)。あれから10年を経た今、「移民問題は、より一層深刻化している」と声を落とす。事実、移民政策を強行するトランプ大統領の就任以降、アメリカでは銃乱射事件が加速度的に頻発。昨年だけでも、100件を超えたと言われる。つい最近では、今年8月3日にテキサス州エルパソで起きた、ヒスパニック系移民を標的にした銃乱射で22名が死亡と、痛ましい事件が続く。
 1957年にブロードウェイで初演された『WSS』が、いつの時代に上演されても観客の心を捉えるのは、現状を鑑みて「何も変わっていない」事に慄然とするためだろう。加えて、それを予見していた、ロビンスやローレンツらクリエイターの慧眼にも脱帽だ。この2019年バージョンでは、今なお繰り返される惨劇を目の前に突き付ける演出もあり、改めて人種差別の愚かさや、銃規制の必要性を強く訴えかける。
 一夜のエンタテインメントには終わらない、傑作『WSS』。劇場機構をフルに駆使したステージングと共に、作品のメッセージをしっかりと受け止めたい。
マリアとトニーが愛を誓い合う、〈ワン・ハンド・ワン・ハート〉 Photo by Jun Wajda
文=中島薫(音楽評論家)  写真=オフィシャル提供(Photo by Jun Wajda)

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