朴璐美&山路和弘がT・ウィリアムズ
後期の問題作に挑む~LAL STORY スト
レイトプレイシリーズ『さけび』

声優としても絶大な人気を誇る女優・朴璐美がまたもやハードな芝居をプロデュース、出演する。相手役は、俳優、声優としても硬軟自在に役を行き来する毎日芸術賞を受賞した青年座のベテラン・山路和弘。演出は、朴と5度目のタッグを組む劇団桟敷童子の主催・東憲司。3人共、昨年の『死と乙女』に続く顔合わせだ。人気者同士なのに、会場はまたもやサンモールスタジオの小空間。チケット争奪戦は必須だ。
二人が演じるのは、『欲望という名の電車』『ガラスの動物園』などで知られるテネシー・ウィリアムズの二人芝居『さけび』(原題『Out Cry』)。2016年に『二人だけの芝居』のタイトルで劇団民藝で本邦初演された。その後、学生が上演した程度で、目立った上演記録はない。出演者はフェリースとクレアの兄妹。彼らは劇作家と俳優、演出家と俳優、そして俳優同士でもある。旅先の劇場で、劇団の仲間たちが二人が狂っていると逃げ出してしまったため、今夜は二人芝居をやらざるを得なくなる。物語は二人のパワーバランスが頻繁に入れ替わり、観客を二重、三重、いや四重にも連なる虚構と現実の迷路に巻き込んでいく。『欲望という名の電車』『ガラスの動物園』は家族問題で苦しんだテネシー・ウィリアムズの思いを投影した作品と言われるが、『さけび』もまさにそう。ただし、前2作が初期の代表作であるのに対し、本作は晩年に、かつてのスタイルをかなぐり捨てて10年も試行錯誤して書いた戯曲だ。そこにはテネシー・ウィリアムズの執念とさらなる苦悩が見て取れるよう。演劇だから当たり前のことなのだが、読むのではなく、劇場で体験し、巻き込まれてこそ何か感じる芝居だと思う。……というわけで、朴と山路から話を聞いた。
──まずは昨年の『死と乙女』はどうでしたか?
朴璐美(以下、朴) 当初三人芝居だったもので、チケットが売れないんじゃないかとすごく心配していたんですけど、多くの方が足を運んでくださり嬉しかったです。ありがとうございます。精神的にとても大変なお芝居だったのですが、その分たくさんの反響も頂いて、第一回目でありながら「バッカーズファンデーション賞」も戴き、やってよかったと思っています。それでこの秋に劇場と皆さんのスケジュールをさっそく押さえて再演をするつもりだったんです。けれど山路さんが「再演はやりたくない」とおっしゃるものですから。
山路和弘(以下、山路) 俺のせいなの?
朴 それもあります(笑)。
山路 だって、あの芝居はものすごくつらいんだよ。
──山路さんは再演がお嫌いなんですか?
山路 そんなことはないです。ただ『江戸怪奇譚~ムカサリ』という一人芝居を再演したときに、枝葉がつくばかりで幹が痩せ細っているのを感じたんです。もっと何回も上演を繰り返せば違うのかもしれないけど、自分の中で再演はやめようと思ったんです。ちょうどそのタイミングで『死と乙女』を提案されたので、余計そういう思いになっちゃったんですよ。
──再演の難しさですよね。でも『江戸怪奇譚』はとても評判が良いし、ぜひ復活させてください。それで朴さん、どういう経緯で『さけび』を選んだのですか?
朴 公演を打つべきかどうか悩みながら作品を探していたんですけど、なかなかこれという本が浮かばなかった。たまたまテネシー・ウィリアムズ原作、ナタリー・ウッド主演の映画「雨のニューオリンズ」が気になっていてamazonで探していたら、偶然『さけび』を発見したんです。コメント欄に「廃刊になるから買っておいたほうがいい」と書いてあったので、慌てて購入しました。知らない戯曲でしたし、読んでみたらわけがわからない。でもなぜかもの凄く惹かれるものがあって、山路さんに読んでくださいとお願いしました。山路さんからも「わけがわからない」とお返事がありましたが、いわばゴリ押しでお願いしました。
山路 わけはわからないけど気になっちゃったわけでしょ。それは仕方ないよね。でも周りに『さけび』をやるんだと言うと、あれをやるの?って言われましたよ。
──山路さんは昨年、朴さんとお芝居をされていかがでしたか?
山路 迫力のある女優さんだということは前々からわかっていたんです。尊敬の念を抱きつつ『死と乙女』はやったんですけど、何よりも進み方がダンプカーみたいなんです。
朴 それはどういうことですか? 私のことディスってますか?(笑)
山路 ディスってない、ディスってない。走るべきところはどんどんどんどん走っていくのが面白かった。それもブルドーザーというか、重機のようにいろんなものをなぎ倒していくんですよ。
璐美 ええー?! そんなことはないですよね?
──いえ、それに近いイメージです。しかしamazonで戯曲を探すというのも現代的で面白いんですが、廃刊になりそうだから買ったんですか?
朴 そうなんです。『さけび』というタイトルに惹かれて。最初に読んだときは本当にわからなかったけれど、すごく惹かれるものがあった。でも何に惹かれたのかはわからなかったんです。それで調べたり、読み返してたりするうちに泣けてきちゃったんです。テネシー・ウィリアムズの混乱と、求めているものと、矛盾と、抱えているものによって心臓がギュッとなったといいますか。今はとても惚れ込んでいます。
山路 正直、本当にやるの? いつあきらめてくれるんだろうと思っていたんですけど(笑)、「泣けてくる」と聞いたときに、もう決めちゃったなと僕も腹をくくりました。
朴 こういう経緯で山路さんがやってくださることになり、次に演出の東憲司さんも口説き落としたわけです。東さんってもともと劇団木冬社にいらしたみたいなんです。
山路 そうなんだ、へー?
朴 木冬社の代表で劇作家の清水邦夫さんがテネシー・ウィリアムズを尊敬されていたらしく、清水さんに憧れていた東さんもテネシーが好きなんですって。でも『さけび』は知らなかったそう。「たしかに惹かれるものはある。けど、わからない」って。「朴さんはわかるの?」って言われました。
山路 おいおい、この話はどこに進んでいくんだい、怖いなあ(笑)。でも東さんも気に入っているんでしょ?
朴 でも「山路さんはなんて言ってるんですか」って聞かれたので、「山路さんもわからないって言ってます」「どうするんですか、朴さん」というやりとりをしました(笑)。
山路 なんだよ。わからないところだらけじゃん。本当、見えないんですよ。
──山路さんはこの戯曲を読んでいかがでしたか?
山路 本当にまだ一読しただけなんですけどね。フェリースのせりふにしても、クレアなのか自分自身なのか、物語上の客席なのか、どこに向かって発しているのかわからないものがたくさんあって、それが覚えられるか心配なんです。朴さんはなぎ倒して走っていくタイプだから大丈夫だと思うけど、どうなるのか予測がつかない。華麗なる大失敗にならなければいいなあ。
朴 私も二人芝居が初めてなので、山路さんと大げんかになったらどうしようと(笑)。
山路 二度と会いたくないって思うかもよ。
朴 そんな悲しいことはありません! でもそうなったらそうなったで致し方ないのかな……だけどそうならないように頑張りましょう(笑)。
──朴さんはこの芝居をどういうふうに捉えているんですか?
朴 家を出たいのに出られない。いざ出ようと決めても、自分たちをシャボン玉に例えて、なんとか割れないでいけるんじゃないか、いやどうせ割れてしまうに違いないみたいなやりとりがある。今の時代、人とかかわることが難しかったり、自分の知らない世界に踏み込みたがらなかったり、いろいろ境界線がある。その誰もが秘めている心の境界、社会や世界との境界の問題を抱えている作品だと思ったんです。
私自身も実際は臆病だし、社会や世界がよくわからなかったり、物事にどうかかわっていいのかわからない、何が本当で何が嘘なのかわからない、今生きているってどういうことなのかなどなど悩むこともあります。この戯曲にはそれがそのまま描かれているんじゃないか、たぶん私はそこに共感しているのかなと思うんです。そしてそれは今の若い人たちにすごく伝わってしまう感覚だと思う。人とうまくかかわれない、うまくやっているように見えても本当にうまくやれているのかわからない、そもそもうまくやるってどういうことなのか……。
私、このお芝居の電話のくだりが大好きなんですよね。「誰と電話しているんだい?」「 この世界の終わりに、電話する相手なんて誰一人いないわ」「じゃあどうして受話器を握っているの?」 「まだつながっているかなと思って」という台詞のやりとりにぐっときちゃって。それって誰もが思っていることじゃないですか? そしてテネシー・ウィリアムズ自身が自分の中の矛盾と対峙し、戦っているんじゃないかと思うんですよ。その叫びをこの戯曲で書いている気がします。
山路 なるほど、そういう話なのか。ある意味、詩的な本だもんね。だからその世界に引っかかるんだ。俺はまだそこまで読み込めてないけど、どう料理すれば何が見えてくるのかイメージできなかったんですよ。それで二の足踏んでいたんです、この人が走り出すまでは。
朴 勝手な印象なんですけど、山路さんってどんなに笑っていても寂しそうなところがありません?
山路 そんなことないですよ、心から笑っています。
朴 そんなこと言ったら私の目がガラス玉になるじゃないですか(笑)。すごく勝手な思い込みですけど、フェリースと山路さんがすごくリンクするんです、私には。
山路 俺もね、最初は璐美がカンだけで言ってるだろって思っていたんですけど、だんだんそうでもないんだなって思ってきました。そこは信用してパートナーとしてやっていこうと思っています。
朴 本当、泣けてしまいます。すみません、ありがとうございます。
──この戯曲的には地方劇場の舞台上で繰り広げられている設定ですよね?
朴 東さんとも話したんですけど、本当は二人とも精神病院にいるんじゃないかとか、地方劇場にいることがそもそもの嘘で、家から一歩も外に出られない状態が本当なんじゃないかとか、いろんな捉え方ができちゃう本なんです。そこはまだ悩んでいますが、そのことより、さっきお話ししたテーマを重視したいと思うんです。この戯曲はテネシー・ウイリアムズ自身が、虚構と現実が何かわからない狭間で書いていると思う。人間に必要なのは虚構の世界、それがないと生きていけないよって言っているような気がするんですよね。人には物語が、演じることが必要なんだと。そこにお客さんたちもを巻き込んでいきたい。その境界線がグズグズに崩れる感じ、その狭間みたいなものを見つけたいなって思います。
山路 付いて行きますよ(笑)。でもさ、今こういうつもりでやっているとか、そういういろんな設定を説明したくないじゃない。それを言わないでこの戯曲をやるというのは、お客さんを引っ張っていくにあたって我々の能力を相当試されるようなところがあるよね。
朴 テネシー・ウィリアムズも、そこをどうすれば観客を巻き込んでいけるのかを試行錯誤して何回も書き直したんじゃないかなって思うんですよ。名声が地に落ちてからどん底にいるテネシーが再起をかけて書いた作品が『二人だけの芝居』。でも、不発に終わる。その後改稿されたのがこの『さけび』。そしてまた改稿を続け、民藝さんがやられた『二人だけの芝居』になる。およそ10年近く改稿しては上演し続けてきた作品なんです。のちに、テネシー自身がこの作品を最高傑作だと言っています。
山路 意地で書き直したのかな、何回も(笑)。それも一種の病気だね。
朴 そうですね。クレアはおそらくロボトミー手術を受けたテネシー・ウィリアムズの実の姉のことだと思います。そしてフェリースも実際に精神病院に入ったことのあるテネシー自身だと思います。本当に壊れちゃった人と、壊れちゃった人と現実の狭間で壊れちゃった人と、壊れ方が違う二人の物語だと思うんです。
山路 テネシー・ウィリアムズの経歴だとかは薄々わかっていても、どこまでそれが関係してくるかわからないし、現時点ではまったく白紙です。ただ実は俺のカンとしても面白そうだし、深みにはまりそうな気もするんだよね。そういう意味では、ひょっとしたら瓢箪から駒みたいなことがあるかもという気もするんです。
朴 先輩、言っちゃいましたね! やったー!!
山路 だからといって、実際の方法論とかと一致するかわからない。こういう詩みたいなものをどう扱っていいか、それは難しい。
朴 東さんと話したときに、「朴さん、これアングラだよね」って。
山路 ああ、その方向で攻めた方が俺たちにはとっつきやすいかもしれないね。民藝さんでやったというイメージが、俺の中で難しそうだと思わせているのかもなあ。
朴 ちゃんとやろうとすると逆に無理がある気がする。そこらへんは東さんがうまくぶっ壊してくれると思うんです。
山路 そうだね。少しは楽しみになってきたな。朴さんの“見えている感”が頼もしいよ。
朴 えー、本当ですか?
山路 頼みますよ。でもこの方向で創っていって、これは違うってぶっ壊す日がくるような気もする。そういう作業が2、3回できたら面白いよね。
朴 私も自分が出るんじゃなくて、誰かがクレアを演じてくれないかなって本当に思うんです。客観的に見て創るほうが絶対に楽しそう。
──朴さんは自分が役を演じたくてこの作品を選んでいるんじゃないんですか?
朴 違うんですよ。いつもそうですけど、この作品をやりたいという思いが強くて、自分がこの役をやりたいというわけじゃないんです。だからあとで自分が役者をやる段階になったときに「これやろうって言ったの誰だよ」と、嫌になってしまうんです。矛盾してますよね(笑)。
山路 朴さんは不思議と役者らしくないところがある。そういう一面は知らなかったから、『死と乙女』の時は、こういう役を女優さんはやりたいんだなって思っていたんだよ。ところが実際に稽古に入ってみると全然違う。頼りにしています。
朴 山路さんが再演がいやだっておっしゃってくださったおかげで、この作品に出会えてよかったです。
山路 もっともっとハードルが上がりそうだけど。
朴 『死と乙女』とはまた違う難解さを持った作品ですよね。こっちはね。でも絶対に面白くしますよ。この物語にはきっとお客さん一人一人の結末があるような気がするんです。
山路 ともかく勇気ある選択ですな。
朴 よろしくお願いします。そして来年は『死と乙女』と『さけび』を交互にやりましょう。
山路 冗談じゃないよ、死んじゃうよ!
取材・文=いまいこういち  写真撮影=池上夢貢

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