『Saravah!』から見て取れる
高橋幸宏のキャパシティの広さと
その革新的姿勢

卓越したプレイと楽曲の革新性

さて、大分前置きが長くなった。言うまでもなく、参加メンバーがメンバーなだけに『Saravah!』収録曲はどれもこれも演奏がいいし、その演奏が折り重なったアンサンブルが素晴らしい。全体に優雅な印象ながらも、ボトムを支える細野晴臣の骨太なベース、加藤和彦、松木恒秀、鈴木茂、大村憲司による4本のギターの確かなテクニックが確認できるM4「LA ROSA」。そして、M7「SUNSET」、M8「BACK STREET MIDNIGHT QUEEN」、M9「PRESENT」の後半3曲のギターはいずれも個性的なプレイを聴くことができて、単純に聴いていて楽しいのだが(ちなみにM7は和田アキラ、M8は鈴木茂と和田アキラ、M9鈴木茂と高中正義とが、それぞれ弾いている)、白眉はM6「ELASTIC DUMMY」ではなかろうか。個人的にはそう思う。M6は、本アルバムのリズムアレンジを除く編曲をすべて手掛けている坂本龍一作曲のインスト。基本はファンキーなナンバーで、山下達郎と吉田美奈子によるコーラスがポップさを加えているのだが、贅沢に音を重ね(奔放に音を重ね…と言い換えていいかも?)、それでいて破綻させることなく、ポップミュージックに昇華している様子は、やはり流石と言わざるを得ない。

いかにも70年代らしいストリングスとブラスが派手に入りつつ、主に折り重なっているのは、松木恒秀による小気味いいギターのカッティング、浜口茂外也の軽快なパーカッション、ファンキーさを醸し出す細野の教科書的なベースライン、そして、シャープにビートをキープしつつ時折聴こえてくる生真面目なフィルインが何とも幸宏らしいドラムミング。さらには中盤で、この時代としてはおそらくかなり先鋭的に聴こえたであろう坂本のシンセも配されている。当時の坂本の趣味性というか、取り組み方の革新性が垣間見えるし、その感性に自身初のソロアルバムを委ねた“アーティスト・高橋幸宏”のキャパシティの広さも感じられるところだ。

革新性というところで言えば、『Saravah!』においては、カバー曲を取り入れているところにそれが感じられる。カバーはM1「VOLARE (NEL BLU DIPINTO DI BLU)」、M3「C'EST SI BON」、M5「MOOD INDIGO」の3曲。いずれもオリジナルの骨子は大きく変更することなく、それでいて(オリジナルを知る人であれば特に)“明らかに変わった”と認識するであろう改変がなされている。まずM1。原曲はイタリア歌曲、所謂カンツォーネなのだが、リズムをボサノヴァタッチにすることで、オリジナルのポップさはそのままにラテン風の軽快さを加えている。数多くのアーティストがカバーしている「VOLARE」は、日本ではビールのCMソングにもなったGipsy Kingsによるラテン・バージョンが有名であるが、幸宏はそれより10年近く前にこの曲のラテンアレンジに挑んでいたことになる。情熱的なGipsy Kings版に比べると、『Saravah!』版はそこまで熱々ではないので、その方向性は異なるであろうが、幸宏の先見の明がうかがえるところではある。

M3はシャンソンの原曲をレゲエにアレンジ。オリジナルのYves Montand版より若干テンポが速いからか、原曲のもったりした感じというか、どこかエロい雰囲気は一切なく、優雅でありながらもポップな印象がある。作詞クレジットが中原淳一であることから、もしかすると日本語カバーの元祖と言える高英男バージョンをアレンジしたのかもしれないが(残念ながら今回このバージョンを聴くことができなかった)、元々シャンソンであったものをレゲエにするという大きな改変に当時の幸宏や坂本の心意気が垣間見える。それはこのM3「C'EST SI BON」をシングルリリースしたことからもうかがえるのでなないだろうか。

M5はDuke Ellingtonの原曲自体、派手さが薄く、ムーディーさが前に出たナンバーであって、『Saravah!』版もテンポを大きく変えるようなドラスティックなカバーではなく、原曲の雰囲気を踏襲していると言える。しかしながら、歌に重なるシンセに、はっきりとのちのテクノポップの原型がある。どちらかと言えば、M1、M3がジャンルを改変することで新しさを標榜したとすれば、M5は新しい楽器(シンセサイザー)を駆使することで新たな音楽スタイルを創り出そうとしていたように思える。いずれにしても、そこにはアグレッシブな姿勢があったことは間違いない。

OKMusic編集部

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