松澤一鶴役の皆川猿時

松澤一鶴役の皆川猿時

「4カ月で体重を20キロ落とすのは、
ものすごく大変でした」皆川猿時(松
澤一鶴)【「いだてん~東京オリムピ
ック噺(ばなし)~」インタビュー】

 1932(昭和7)年、ついにロサンゼルスオリンピックが開幕。総監督を務める田畑政治(阿部サダヲ)と共に水泳日本代表チームを率いるのが、監督の松澤一鶴だ。暴走気味の田畑を抑えつつ、選手たちの話にも耳を傾け、チームをまとめていく。演じるのは、田畑役の阿部や脚本家・宮藤官九郎と同じ「大人計画」所属の皆川猿時。長年身近に接してきた阿部や宮藤とのエピソードを交え、撮影の舞台裏を語ってくれた。
-第29回、若手中心の選手起用でメダル獲得にこだわる田畑と、ベテラン選手たちの心中を察して反論する松澤のやり取りが素晴らしかったです。
 この作品で阿部くんと共演した中で、一番印象に残ったシーンです。台本には、メダルを取ることで日本を明るくしたいという田畑の真意を知った松澤が「泣く」と書いてあったんです。「そうか、ならばここは一つ、涙でも出してみようか」と意気込んで臨みました。僕は芝居で泣いたことがないので、初めて涙を見せる相手が阿部くんなんて、最高じゃないかと。でも、実際に芝居をしてみたら、ものすごく照れくさくて…。結局、泣けませんでした(笑)。撮影後、阿部くんに「泣こうとしていたんだ」と言ったら「うそだろ。気持ち悪い!」と言われました(笑)。
-改めて、松澤役のオファーを受けたときのお気持ちを。
 最初にお話を聞いたときは、監督だから選手に指示を出すだけだろうと考えていたんです。だから「いいじゃない」と思ったら、「泳いでもらいます」と言われ…。「あれ?なんか違うな…」と思いながら、頂いた資料を読んでみたら、東大出の理系の人で、熱意を持って理論的に指導していた…と書いてある。でもその一方で、みんなから「おデブさん」と呼ばれ、酒飲みで宴会好きないじられキャラ…みたいな感じでもあったので、「僕にぴったり」と思っていたら、今度は「痩せろ」と言われ…。だから、「思っていたのとだいぶ違う」という感じでした(笑)。
-減量はどのように?
 オファーを受けて「やります」と答えたら、その場で「(伝説のスイマーを若い時代から演じるため)25キロ減量して」と言われました(笑)。ただ、「さすがにそれは…」と思い、「とりあえず20キロでどうでしょう」と言ってみたところ通ったので、ホッとしました。でも、それからが大変で…。お酒を抜き、食事を野菜中心にして、4カ月ぐらいかけて108キロから88キロまで落としました。ここまでしないと痩せられないのか…と、つくづく思いました(笑)。
-それはかなり大変でしたね。
 しかも、ちょうどその時期、宮藤さん作・演出の舞台が本番中だったんです。だから、宮藤さんにも「ダイエット中です」と伝えたら、「今痩せられると困る」と言われ…。だったらなぜ、「おデブさん」というキャラを掘り下げてくれなかったんだと(笑)。その上、「そんなに痩せなくていいよ。おなかを引っ込めれば、それらしく見えるから」みたいなことを簡単に言ってくるんですよ。僕にしてみれば、「何言ってんの?」という感じでした(笑)。
-松澤一鶴という人物を、どんなふうに捉えていますか。
 松澤さんは秀才コースを歩んできた人ですが、実は家業もあったので、働きながら水泳の指導に当たっていたそうです。しかも、そこにあったのは、何の見返りも期待せず、優れた選手を育てたいという思いだけ。それで温水プールまで作ってしまったぐらいなので、それはもう、並大抵の情熱ではなかったんだろうなと。田畑さんのことも本当に大好きだったようです。劇中でも、勝っちゃん(高石勝男/斎藤工)にまーちゃん(田畑)の魅力を伝えようとして、うまく説明できない場面(第28回)がありましたが、そんな様子を見ていると、2人は理屈ではなく、気持ちでつながっていたんだろうな…と。
-演じる上で心掛けていることは?
 僕は全く理系の人間ではないし、どちらかというと「とにかく頑張れ!」みたいな気持ちが先に立つタイプなので、松澤さんとは正反対。プロデューサーからも、「松澤さんは、理系の大卒です」と言われていたので、できるだけ頭がよく見えるように…と意識しながら演じています。
-今回、改めて共演した阿部さんの印象は?
 田畑はせりふの量がものすごく多いので、「どうやって覚えるの?」という話になったことがあります。そうしたら、阿部くんが「黙読で覚える」と答えたので、びっくりしました。僕は、せりふをなじませないと不安なので、口に出して覚えるのですが、彼は黙ったまま覚えて、リハーサルのときに初めて口に出すんだと。肝が据わっているというか、何というか…。初めて口にするときの雰囲気を楽しんでいるのかな…とも思いましたが、とても楽しめるようなせりふの量ではありません。そう考えると、やっぱり天才なのかな…と。
-宮藤さんの脚本の魅力は?
 もうだいぶ長い付き合いですが、演出家としての宮藤さんに対して、昔は「怖い」というイメージを持っていたんです。笑いに対するこだわりがものすごく強く、稽古も厳しい。でも、敗者に光を当てた「いだてん」を含め、最近の作品を見ていると、面白さだけでなく、とても優しい人なんだな…と感じるようになってきました。例えば、田畑は女性に対してひどいものの言い方をしますが、キャラクターがきちんと出来上がっているから、誰も傷つけない。どのキャラクターに対しても、同じように愛情を持って接している。舞台でも映像でも、そういう点が一貫しているところは、カッコいいですよね。
-今後の松澤の見どころは?
 泳ぐ場面はとても苦労しました。練習したのは日本泳法ですが、クロールとは足の使い方も違うし、頭を出したまま泳がなければいけない。しかも、撮影は4月頭の寒の戻りがあったときの夜間。気温も一桁台という状況だったので、温水プールにもかかわらず、ものすごく水が冷たくて…。終わったときは達成感よりも、「無事に終わった…」という安堵感の方が大きかったぐらいです。阿部くんと2人で「死ななくてよかった…!」と喜びました(笑)。ロサンゼルスオリンピックの最後に披露する場面がありますが、そこは僕にとってもハイライトなので、ぜひ見ていただきたいです。
(取材・文/井上健一)

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