巨匠レナード・バーンスタインのブロ
ードウェイ・デビュー作『オン・ザ・
タウン』、佐渡裕プロデュース公演に
登場

ミュージカル『ウエスト・サイド物語』(1957)であまりに名高い20世紀アメリカの作曲家・指揮者レナード・バーンスタイン。その彼のブロードウェイ・デビュー作であるミュージカル『オン・ザ・タウン』(1944)が、兵庫県立芸術文化センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラの第15作目として登場した。指揮はもちろん、バーンスタインを師と仰ぐ佐渡裕。演出・装置・衣裳デザインを、イギリスで活躍するアントニー・マクドナルドが担当しての上演だ。
『オン・ザ・タウン』はもともと、バーンスタインと振付家ジェローム・ロビンズが組んで創作したバレエ作品『ファンシー・フリー』がヒットしたことから、これを発展させてのミュージカル化が構想されたという経緯があり、ミュージカル版の振付ももちろんロビンズが担当。今回のプロダクションでは英国ロイヤル・バレエでプリンシパル・ダンサーとして活躍したアシュリー・ペイジが振付を手がけている。『オン・ザ・タウン』はジーン・ケリー、フランク・シナトラの出演で『踊る大紐育』として映画化されている他、今年、宝塚歌劇団月組によって上演されてもいる(1月の東京公演に続き、7月27日から大阪・梅田芸術劇場メインホールにて上演)。兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールでの公演に続き、幕を開けた東京公演の初日を観た(7月25日18時半、東京文化会館大ホール)。
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
物語の主人公は、24時間の休暇をもらい、ニューヨークに上陸したゲイビー、チップ、オジーの三人の水兵仲間。ニューヨークを見て回ろう! と意気込むも、ゲイビーが地下鉄車内に貼られた“ミス改札口”のポスターの美女、アイヴィ・スミスに一目ぼれしてしまい、三人で手分けして何とか彼女を探し出すことに。その過程で、チップはタクシー運転手のヒルディと、オジーは文化人類学者のクレアと出会う。ゲイビーもカーネギー・ホールで歌のレッスン中のアイヴィと出会い、デートの約束を取り付けるが、彼女の音楽の先生マダム・ディリーが二人の仲を邪魔しようとする。はたして三人の恋の行方は――。
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
マクドナルドの装置は、「Greetings from NEW YORK CITY」「Just arrived in NEW YORK」といったメッセージがあしらわれた、レトロな色調のポストカードを拡大して背景として使用。そこに、ヴィンテージのバービー人形の服装を思わせるシックな色合いの衣裳のニューヨーカーたちが登場し、洗練の極み。物語の舞台である1940年代の香りを濃厚にただよわせる。ゲイビー役のチャールズ・ライスは、せつないバラード「寂しい町」を朗々と歌い上げる。アイヴィ役のケイティ・ディーコンはバレエ畑出身で、手先足先の動きにふわっとした浮遊感があり、その一挙手一投足に目が釘付けに。ゲイビーが夢の中でアイヴィと踊るシーンでは、ドリーム・バレエ・ゲイビー役としてダンサーのロビン・ケントが踊りまくり、それをライスが眺めるという趣向だ。ヒルディ(ジェシカ・ウォーカー)とチップ(アレックス・オッターバーン)がニューヨークの名所を駆け巡る「坊や、わたしの部屋においでよ」では実際に動くタクシーが登場、それに乗っての二人のリズミカルな言葉の応酬が楽しい。ピトキン判事(スティーヴン・リチャードソン)という婚約者がありながら、オジー(ダン・シェルヴィ)との恋を楽しむ奔放なクレア(イーファ・ミスケリー)は、「われを忘れて」のナンバーでセクシーさを披露。そんなクレアに対し常に大らかすぎる理解を見せるも、ついにはぶち切れるピトキン判事のナンバー「分かっているよ」は、リチャードソンの見事な低音が聴きどころだ。みんなの行く先々で「いっそ死にたい」というつらい曲をさまざまなアレンジで歌い、アイヴィに振られたゲイビーを絶望の淵に陥れるダイアナ・ドリーム及びドロレス・ドロレス役として、男性であるフランソワ・テストリーが登場しているのも興味深い。
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
バーンスタインの音楽は、交響曲的な重厚さを備えつつ、ジャズやラテンといった多様なジャンルを取り入れて構成されており、後の『ウエスト・サイド物語』に通じる魅力がある。そして、『ウエスト・サイド物語』の「アメリカ」や「クラプキ巡査どの」でも感じられるように、バーンスタインの音楽の中にある軽妙なコミカルさが、コメディの言葉のやりとりの楽しさをさらにふくらませている。
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
物語の主人公はまた、ニューヨークという街そのものでもある――それは、『ウエスト・サイド物語』に言えることでもある。さまざまな人々がせわしなく行き交うビッグ・シティ。バーンスタインはこの『オン・ザ・タウン』という作品で、多様なジャンルの音楽を用い、同時代のニューヨークという街の魅力を舞台に描き出そうとしたのだと思われてならない。
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
提供=兵庫県立芸術文化センター 撮影=飯島 隆
そんな街で、24時間というつかの間の休暇、つかの間の恋を楽しみ、帰艦した三人の水兵の前を、これから24時間の休暇をどう過ごそうかと期待に胸ふくらませて、三人の水兵が通り過ぎる。作品冒頭と同様、「♪ニューヨーク、ニューヨーク」と歌いながら。すでに、ゲイビー、チップ&オジーの物語を観てきた我々には、彼らの24時間後が何とはなしに想像できる。我々一人ひとりはそれぞれ個としての人生を生きているようでありながら、実は、互いによく似た人生の道をたどっているだけではないか――と、ビターエンドにちょっと胸が痛くなる。音楽とダンスを楽しめる好舞台である。
文=藤本真由(舞台評論家)

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