【まなおのアニメ感想戦!】第8回 
空を仰ぐ勇気をくれた「天気の子」

◆将棋の聖地からのぞく「新海ワールド」

 雨の日の対局は、窓の外の景色が異様に重たげに感じられます。強い雨が窓を叩くときは、いつも以上に揺れやすい心を鎮める努力が求められている……ような気がする。そんなことを、「天気の子」冒頭の薄暗い空の色に思い出しました。
 千駄ヶ谷に位置する将棋会館からは、新海誠監督が頻繁に描く新宿の空が臨めます。盤を何時間も睨みつける将棋指しは、ふと空や、緑を見たり、そうした自然の中に身を置く時間を大切にしています。歩く距離にある新宿御苑には、季節の移り変わりのたびに足を運んだ時期もありました。そうした心がけもあり、私が新海監督の作品で最初に惹かれたのは「言の葉の庭」。瑞々しい新宿御苑の緑と雨粒との重なり、雨の景色の美しさは、儚く脆い物語と共にいつまでも鮮やかに焼き付いています。
◆私がアニメ映画に求めているものってなんなんだろう
 「ほしのこえ」で身ひとつで颯爽とデビューした監督が、「雲の向こう、約束の場所」「星を追う子ども」といった作品で、まだ見えない限界へと挑戦されるストイックな姿勢に大変心を打たれました。その集大成的に「君の名は。」で偉大な成功を収められたのは、新海誠展(新国立美術館・2017)でその歩みを知ると、決してそんなことはないのですが、まるで必然だったかのように思えるものです。
 そして新海監督、並びに「新海ワールド」ファンとして、これだけの評価と反響のあった「君の名は。」に次いで、セカイ系が観れるのだろうか。あんな大きな壁を更に越えるとなると、一体どんな景色が見れるんだろう。期待と緊張、入り交じって心地がよかった公開前。それが、ある出来事で――。表現は避けますが、 気持ちをなんとか整理して迎えた公開日の朝も、六本木ヒルズのビルを濡らす小雨がひどく悲しく映りました。こんな気持ちで、作品に触れていいのだろうか。少し前までの期待がウソのように、後ろめたさと、心細さでいっぱいでした。
◆勝つためだけではない、戦い
 鑑賞を終えて。ひとことで言えば、今の私に最も必要な、すばらしい作品でした。本作からは、映像としての魅力だけでなく、いろいろな信念が伝わってきます。映画作りに限らないことですが、クリエイティブや、戦い続けるということは、目の前の相手に勝つこと、自分を越えること、その2点に収束するものだと思っていました。棋士も、昨日の棋譜よりもいい棋譜を残すこと。きのう負けた自分へ打ち勝つこと。抗い続けることが生涯であると。今までの新海作品には、ファンとしてはワールドに歓びながらも、勝負師としては、ひしひしと感じる「超えたい」という叫びに鼓舞されてきました。 ところが本作は、打倒前作とも、人気にあやかるのとも違うかたちで、「君の名は。」と誠実に向き合った作品になっています。
 私に限らず、多くの「君の名は。」ファンが、自分たちを大切にされていることを実感すると思います。それだけでなく、当時作品に不満を述べた方々への回答も丁寧に用意されています。両方に真摯に向き合う姿勢は、がむしゃらに打ち勝とうとすること以上に、簡単にはできないことなのです。将棋と違って白と黒だけでない……というのもあるかもしれませんが、真摯な物作りの姿勢に感銘を受けました。
◆上を見上げ、前に進む勇気
 これまで観た中で、アニメーション、ファン、クリエイター、そして作品の確かな繋がりを感じさせてくれる作品としては、「この世界の片隅に」が真っ先に浮かびましたが、本作にもその結びつきの強さを感じました。ぽっかり空いた穴を埋めるための作品ではないことは、わかっています。しかし、新しいアニメのかたちを、戦い方を見せてくれ、エンドロールの時間で、向き合う覚悟をさせていただけた本作を忘れることはないでしょう。映画館を出て、まず、空を見上げたくなる意味が、観たひとのだれもがわかる作品です。

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