パリ国立高等音楽院からパリ室内管弦
楽団へ。ヴァイオリニスト江頭佳奈の
、チャンスを掴むひたむきな研さん

留学することをめざす音大生が多い中で、留学のその先、海外で就職することを夢見る音大生もまた多いのではないでしょうか。

今回のインタビューでは、2019年春からパリ室内管弦楽団のメンバーとなった、ヴァイオリニストの江頭 佳奈さんにお話をうかがいました。
江頭さんは東京藝術大学在学中に渡仏し、パリ国立高等音楽院を修了されました。オーケストラのオーディションのお話から、音楽を始めたきっかけ、ストイックな学生時代のことをうかがっています。これから留学や海外での音楽活動を考えている方の参考になりましたら幸いです。
江頭 佳奈(えがしら かな)略歴
1993年兵庫県生まれ。5歳よりヴァイオリンを始め、10歳より木野雅之氏に師事する。第62回全日本学生音楽コンクール東京大会第2位。第1回国際ジュニア音楽コンクール最優秀賞、2015年パンチョ・ヴラディゲロフ国際音楽コンクールにて第1位と特別賞受賞。東京藝術大学音楽学部附属音楽高校を経て、東京藝術大学音楽学部へ入学。2013年秋よりパリ国立高等音楽院に入学しスヴェトリン・ルセフ、フローリン・シゲティ、田中綾子の各氏に師事。同音楽院修了後、同修士課程に進学し2017年秋よりオリヴィエ・シャルリエ、ジョアンナ・マトコフスカの両氏に師事。2018年同音楽院修士課程卒業後、2019年よりパリ室内管弦楽団 “Orchestre de Chambre de Paris” にて活動中。
パリ室内管弦楽団のメンバーに
―2019年3月から、パリ室内管弦楽団(以下、パリ室内管)での活動を開始されました。どういったきっかけで入団されたのですか。
「2018年の夏に、学部・修士と5年間通ったパリ国立高等音楽院(以下、パリ音)を卒業し、今後の進路を悩んでいた頃にこの楽団の募集を見つけて、オーディションを受けたのです。当初は受かるとは思ってもみなくて、思いがけずご縁があったことに驚きました」
*室内管弦楽団とは:チェンバーオーケストラともいう。交響楽団よりも小規模な編成で、より室内楽的な音楽づくりをおこなう。
―オーケストラのオーディションといえば“オーケストラ・スタディ(オケスタ)”、本来なら大人数で奏でる音楽を“ひとりで弾く”という独特の難しさがありますよね。これまでにオーケストラのオーディションに挑戦したことはありましたか。
「在学中から数えて、パリ室内管が自分にとって3回目のオーディションでした。卒業が近づいて、音楽家として自立することを考え出した頃に初めてオーケストラ・アカデミー*のオーディションに挑戦しましたが、そのときは合格することができなくて、とても落ち込みました」
*オーケストラ・アカデミーとは:オーケストラに併設された奏者養成機関のこと。アカデミー生は実際にプロのオーケストラの中での演奏を経験しながら、団員のレッスンを受けて研鑽を積むことができる。
「でもその初めてのオーディションの前には、当時師事していたオリヴィエ・シャルリエ先生のアシスタントで、元パリ・オペラ座の奏者だった方にオーケストラ・スタディのレッスンをしていただき、実際のオーディションも経験して、オケスタで求められるものが何か、感覚的に掴んでいきました。
2度目に受けたあるオーケストラのオーディションでは、100人あまりの応募者の中から勝ち抜いて残り2人というところまで進んだものの、そこからさらに、これまでにエキストラを務めていた人など別の枠組みの受験者が加わって審査が続き、結局最終までは残れず。そもそも審査がそのようにいろいろな段階があるということをわかっていなかったので、勉強になりました。
もし今までの音楽修行の中で、スランプの時期を挙げるとしたらこの頃です。外国人としてヨーロッパにいる限り、常にビザの問題もつきまとってきます。今後どうやって音楽活動を続けていけるだろうか、どうやって生計を立てていったらよいのだろうと思い、悩みました。パリ室内管の募集を見つけたときも、大きな期待はせず、日程的に空いていたのもあって、ひとまずできることはやってみようという思いでした」
photo by Mai Toyama
―オーケストラでの活動はいかがですか?
「職場の雰囲気はとにかくよいです。全体で40人くらいで、誰もがオケ以外の場所でも自分の活動をしていて。メンバーには日本人はおろかアジア人がひとりもいないから、最初は『きっと肩身が狭い思いをするんじゃないか』と思っていたのですが、いざ入ってみたら皆さんものすごく親切で、入ったばかりのわたしに声をかけてくれて、居心地がすごくよかったんです。ほかのオケを知っている人から見ても、うちのオケは本当にアットホームに感じるそうです。
リハーサル中も、指揮者やトップ奏者の人だけでなく団員がそれぞれに発言するし、アンサンブルがズレたときなどは、ほかの楽器の人から第三者の意見がストレートに飛んできて、みんながお互いの音をよく聴いている感じがします。指揮者に対して団員さんが意見する場面も、しばしばあるくらいです(笑)。
でもそんなシーンに接して『あぁ室内管弦楽団ってこういうよさがあるのかも』と思います。高校・大学時代に師事していた玉井菜摘先生が、紀尾井ホール室内管弦楽団のコンサートマスターを務められていることもあって、チェンバーオケには憧れがありましたし、とてもよい環境で学ばせていただいていると思っています。
パリ管弦楽団など、よそのオーケストラではリハーサルの曜日が決まっているそうで、それと比べるとリハーサルが不規則なパリ室内管のほうが忙しいみたいですが、私自身はまだほかの場所を知らないので、忙しさについてはあまり感じていません」
―これまでにどのような公演に参加しましたか?
「入団したての3月には、『星の王子さま』のお話に音楽をつけた映像作品の公演がありました。パリ室内管のために書かれた音楽だったので、楽団の人たちは “自分たちが初演した” という愛着があったし、音楽自体が楽団によく合っていて、よい作品だなぁと思いました。交響曲のみならず、オペラ作品などいろいろなジャンルに携われるのは、楽団に所属してこそ得られる経験です。
4月はわたしにとって初めて泊まりがけの遠征があって、エクサンプロヴァンスでの音楽祭に出演しました。ひとりだとなかなか行けない場所で弾けることも、オーケストラならではの働き方ですね」
最初はベトナム・ハノイで
photo by Mai Toyama
―ここからは江頭さんのヴァイオリン半生を辿りたいと思います。そもそも、どのようにしてヴァイオリンを始めたのでしょうか。
「2歳半から3年ほど、父の仕事の都合でベトナムのハノイに住んでいました。その頃に旅行で訪れたウィーンで楽器店を見かけて、『これやりたい』とヴァイオリンを指したそうです。
母がピアノの先生をしていたので私にもピアノを習わせようとしたのですが、幼い私は椅子に座ることを拒否したのだとか(笑)。でも『ヴァイオリンならやる』と言ったので試しに楽器店に入ってみるも、“一見さんはお断り” という雰囲気でお店から追い返されてしまいました。旅行中にしつこくもう一度行ってみたら、お店の人が熱意を感じてくれたのか、2度目は楽器を売ってくれたんです。それでハノイに戻ってから先生を探し、自宅でレッスンをつけてもらうようになりました。
最初の数回は楽器を持たせてもらえず、しかもウィーンで買った楽器は当時の私には大きすぎたのもあって、私はもうひと回り小さいサイズを手に入れて、母がウィーンで買った楽器を使い、ふたりでレッスンを受けて構え方を学んでいきました。あまりはっきりとは覚えていませんが、あの頃はただただ楽しんでいたのだと思います」
―では日本に戻るときには、楽器と一緒に渡航したのですね。
「帰国は幼稚園の年長さんのときで、ハノイで始めたバレエとヴァイオリンを帰国後も引き続き習っていました。ヴァイオリンはとにかく楽しく弾いていたのですが、小学3年生の夏に当時の先生が日本フィルハーモニーのコンサートマスターの木野 雅之 先生を紹介してくださり、初めて講習会に参加することになりました。
そのとき周りのレベルを知ってびっくりして。みんな当時の自分が取り組んでいた曲よりも難しいものを弾いていて、自分は同世代の子よりもずっと遅れていると思って焦りました。
小さい頃の私は、物怖じしなくて、おもしろい子だったんです。木野先生がそのキャラクターを気に入ってくださって、講習会のあとも教えていただくようになりました。木野先生はコンマスもなさっているしとにかく忙しいので、レッスンは月に2回、あって3回。どちらかというと生徒が先生のお手本から学び取るスタイルで、観察力を鍛えられました。細かく指導してくださる先生を好む方もいると思うのですが、私には木野先生のそんなスタイルが合っていたみたいです」
―小学生の頃からコンクールに出場していますよね。バレエとの両立は大変だったと思うのですが…?
「小学5年生のときに初めて毎日新聞者の全日本学生音楽コンクールに出場して、そこから中学3年生までは毎年挑戦していました。高校生になると日本音楽コンクールや国際コンクールを受けるようになりました。
子供の頃はバレエをかなり本格的にがんばっていて、むしろ最初はバレリーナになりたいと思っていたくらいでしたが、中学生になったあたりでだんだん両立が難しくなっていって、その頃には『どちらかというと自分はヴァイオリンかなぁ』と思うようになりました。両方とも一生懸命取り組んでいたからこそ半端になるのが嫌で、どちらかにより集中して打ち込めることは自分にとっても望ましいことだったし、バレエをやめることに悔いはなかったですね」
―同世代のわたしからすると、江頭さんのお名前はコンクールの出場者の一覧でよく見ていたので、スター的存在です。
「全日本学生音楽コンクールは地区予選、地区本選、全国大会と3つの大会がありますが、中学3年生のときに地区本選で2位を頂いて、初めて全国大会まで行けました。中学2年生のときにも地区本選で奨励賞をいただけたのに、人数の関係で同じ奨励賞でも全国大会に進めた人と進めない人に分かれてしまって。
自分にはスターなんて自覚は全然ないです。コンクール会場で同世代の人たちに会って友達になったけれど、みんなすごいなぁと思っていたから。中学1年生のときに控え室で仲良くなった成田 達輝(なりた たつき)さんはその年の全国大会で優勝されて、憧れをもちましたし、のちのち留学のきっかけにもなりました」
ストイックだけど楽しかった高校時代
photo by Mai Toyama
―その後、東京藝大の附属高校(以下、藝高)に進学されます。どうして藝高を選んだのでしょう。
「木野先生が桐朋学園大学で教えてらっしゃることもあって、何となく『自分は桐朋に行くのかな』と思っていたけれど、公立のほうが…という思いもあり藝高を受験しました。桐朋の出願は藝高入試の結果が出たあとでも間に合う日程だったので、まずは挑戦してみようということになったんです。
藝高には直接知っている先生が誰もいらっしゃらなくて、コネクションがないのに受かるわけないんじゃないかな……と思っていたけれど、1週間の試験を経て合格して、せっかく受かったのなら、と入学することに。先生の希望をどなたで出していいかわからないくらいだったけれど、木野先生の妹さんが同級生というご縁で、玉井 菜摘 先生を希望調査票の第一希望の欄に書いて提出して、師事できることになりました。
感覚的な木野先生に対して、玉井先生のレッスンは考えさせられるシーンが多くて “頭を使う” 感じがします。玉井先生に習うようになってから、それまで勘で使っていた右手のことをよく考えるようになりました。私にとっては、玉井先生がいらっしゃったからこそ高校時代の充実がありました」
―先生との出会いは大切ですね。レッスン以外の学校生活はどうでしたか?
「クラスメイトは誰もがストイックに実技に取り組んでいて、それが当たり前という人たちばかり。ベクトルがみんな “うまくなりたい” とか “上に行きたい” という方向に向いているので、がんばることに一番ストレスのない環境でした。
高校生になって初めて “放課後ライフ” を経験できたのも、いい青春の思い出です。中学まではバレエにヴァイオリンと、放課後はお稽古に奔走する毎日で、それを自分でもやりがいを感じてこなしていたけれど、高校時代は友達との時間もとても楽しくて。クラスメイトも同じように育った子たちだから、経験したことがない “寄り道” に興味があって、そういう意味ではよい悪友でもありましたね(笑)。
上野駅前のアメヤ横丁が主な遊び場で、ABAB(アブアブ、上野の名物商業ビル)の1階で売っているタピオカドリンクをよく飲んでいた気がします。最近は世界的にタピオカミルクティーが大ブームですけれど、私にとっては高校時代を思い出すちょっと懐かしいアイテムです」
―高校卒業後、まずは東京藝大に入学して、そのあとでパリ国立高等音楽院(以下、パリ音)を受験されましたよね。
高校からの友人と、大学の入学式にて。右から3人目が江頭さん、一番左が筆者
「中学生の頃コンクールで知り合ってから憧れていた成田くんが、パリでスヴェトリン・ルセフ(Svetlin Roussev)という人に習っていることを知って、興味をもちました。玉井先生に『ルセフに習ってみたいんです』とお話ししたら、パリ音で伴奏助手をされているピアニストの上田晴子さんを通じて繋いでくださって。メールでやりとりをしたところ、『韓国でなら時間がとれる』と言ってくださり、高校3年生の夏休みに韓国まで会いに行きました。
実際に先生の音楽に触れて、すごく惹きつけられました。そのときは高校3年生だったので藝大受験を控えていましたが、いつかぜひルセフ先生に習いたいと思い、まずは日本で大学に進学して、そのあとで留学することを決意したんです。先生がいるパリ音は入学に年齢制限があって、ヴァイオリンで学士に行くなら22歳まで、日本の大学の卒業を待つと間に合いません。同じ夏に参加した講習会では、のちに習うことになるオリヴィエ・シャルリエ先生(Olivier Charlier)と知り合ったので、あの夏休みはその後の進路につながる大きなポイントだったと思います」
いざ、憧れの先生がいるパリへ!
photo by Mai Toyama
―パリ音の入試は、どのような科目があるのでしょう。
「まずは実技試験で、エチュードとコンチェルト、試験直前に発表される課題曲と初見課題が試されます。私のときは試験の3週間前に、バルトークの協奏曲第1番の第2楽章が課題曲に指定されました。初見課題は1小節ごとに拍子が変わるような、変拍子満載の曲だったのを覚えています。
実技試験に合格したら、あとから自分でフランス語の試験(TEF または DELF・DALF)を受けて規定の成績以上の力があることを証明します。私は実技試験の前からマンツーマンで教えてもらえる語学学校に行って、実技合格後はアテネ・フランセに行き語学資格を取りました」
―パリ音の初見課題は名物ですよね…! ソルフェージュ指導の質の高さでも有名なパリ音、学部ではどのような授業があるのですか。 
「実技関連では、個人レッスンのほかにオーケストラや室内楽や初見、オーケストラ・スタディの授業があります。オーケストラの公演ではアンサンブル・アンテルコンタンポラン(パリに拠点を置く現代音楽に特化した室内オーケストラ)の方たちと一緒に弾ける機会もあって、プロの方と共演できる貴重な機会でした。
座学系だと、音楽史にアナリーゼ(楽曲分析)、留学生のためのフランス語もあります。私は英語の授業もとっていました。ソルフェージュは、入学後の試験で一定の成績が取れたら免除で、点数が足りなかった人は授業を受ける仕組みです。ほかに集中講義で一般教養や教育学を学べるシーンもありました」
photo by Mai Toyama
―憧れたルセフ先生、実際に生徒になってみていかがでしたか?
「生徒たちは先生の音楽がとにかく好きで、もはや信者と言いますか(笑)。門下生はみんな『ルセフは奏者としては本当にすばらしいけれど正直教えるのが特別上手なわけではない』と言っていますが、私の場合、木野先生のところで観察して読みとる力を鍛えてあったから、対応できた気がします。我ながら適応力は結構高いと思うんです。
でも修士1年目の年に突然、ルセフ先生がその年いっぱいでパリ音を離れてスイスのジュネーヴ音楽院に行くことが決まり、『ルセフに習うためにパリに来たのに…!』と思って、あのときはちょっと焦りました。そこで最後の1年は、以前講習会で教えてもらったことがあるシャルリエ先生のクラスに入れてもらって、修了しました」
―先生が移ってしまっても、学生のほうはなかなか移動できないから難しいですよね…(汗)。修士論文では何をテーマにしたのか教えてください。
「ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタ(ヴァイオリン・ソナタ第9番)について書きました」
―わお、大曲! そこでクロイツェルを選んだその心は…?
「飽きが来ないから。修士2年目はほとんど論文で扱う曲にかかりきりになるので、ずっと弾いたり聴いたりしていて飽きない曲がよいかなって」
―飽きが来ない…(これを真顔で淡々と言う江頭氏に圧倒される筆者)。確かにベートーヴェンの音楽というのは、一生涯かけて掘り下げていけるような、いや一生かけても掘りきれないような深さはありますよね。
「フランス語ではベートーヴェンの弾き方のことを “ベートーヴェニアン” と言うのですが、クロイツェル・ソナタを通して私なりの “ベートーヴェニアン” を研究しようと思って、テーマにしたんです。“ベートーヴェニアン” は一言で言うと右手の使い方がポイントで、さまざまな音源を比較したり、譜面を分析したりしながら、最終的には自分で演奏しました」
ずっと、学び続ける
photo by Mai Toyama
―大変な面もあるかと思いますが、いろいろな方との共演があるでしょうし、これから楽しみですね。最後に、今後はどのような音楽活動をしていきたいか、教えてください。
「オーケストラに入れた、はいこれで上がり! とは思っていません。これからもよい機会があればソロでコンクールだって受けるだろうし、演奏活動も広げていきたいし。今の環境で最大限学んで、オーケストラ奏者としてもステップアップしていきたい、もっと上に行きたいと考えています。
学ぶことがたくさんあるという意味では、学生のときとあまり感覚は変わりません。これまでの人生で、バレエと音楽以外のことはあまり好きではなかったし、自分にはヴァイオリンしかない、という思いでやってきました。これからもずっと学び続けていくし、いつまでも自分を磨くことを怠らずにいたいです」
何を隠そう筆者は江頭さんの高校時代の同級生で、かねてより彼女の音楽性やひたむきな努力には尊敬の念を抱いていました。出会ってから10年になりますが、今回改めて生い立ちや音楽への取り組みを聞いて、ちっとも浮かれてなくて、冷静だな、という感想を抱きました。
筆者(左)とロンドンのカフェにて
木野先生のところで養ったという観察力は、自分のことを客観的に分析することにも役立っているようにも見えました。彼女は自分の強みと弱みをきちんと把握していて、オーディションに際しても、自分の活動についても、自分のできることに淡々と取り組んでいるように思います。
パリ室内管でのこれからの演奏会はもちろん、日本でも彼女の演奏を聴ける機会があると思うので、友人としても、いちファンとしても、彼女の今後の活躍が楽しみです。
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江頭 佳奈 プロフィール全文
1993年兵庫県生まれ。5歳よりヴァイオリンを始め、10歳より木野雅之氏に師事する。
第62回全日本学生音楽コンクール東京大会第2位。第1回国際ジュニア音楽コンクール最優秀賞、New York カーネギ―ホールでのガラコンサートに出演し、江口玲氏と共演。
2015年パンチョ・ヴラディゲロフ国際音楽コンクールにて第1位と特別賞受賞。同年夏にブルガリアのヴァルナにて VARNA SUMMER 2015 International Music Festival に出演しリサイタルを行う。
これまでに日本各地やフランス、ブルガリアにてソロリサイタルやジョイントコンサート、音楽祭に参加しているほか、日本センチュリー交響楽団、ブルガリアにてソフィアソロイスツチェンバーオーケストラ、ブルガリア・シュメン州交響楽団、ブルガリア・ルセ州歌劇交響楽団等と共演。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高校を経て、東京藝術大学音楽学部へ入学。芸大附属高校在学時より玉井菜採女史に師事。2013年秋よりパリ国立高等音楽院に入学し、スヴェトリン・ルセフ、フローリン・シゲティ、田中綾子の各氏に師事。2014年春、パリ国立高等音楽院同窓会主催による室内楽演奏会に弦楽四重奏及び、ピアノ四重奏で出演。パリ国立高等音楽院学士課程第1年度及び、第2年度実技試験にて審査員満場一致の最高成績で修了。2015年度フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団アカデミーオーディションに合格、チョン・ミョンフン氏、ミッコ・フランク氏等と共演。
パリ国立高等音楽院学士課程を修了後、同音楽院修士課程に進学し2017年秋よりオリヴィエ・シャルリエ、ジョアンナ・マトコフスカの両氏に支持。2018年同音楽院修士課程卒業後、2019年よりパリ室内管弦楽団“Orchestre de Chambre de Paris”に入団。現在はソリストおよびオーケストラ奏者として活動している。

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