『高畑勲展─日本のアニメーションに
遺したもの』レポート 絵を描かない
名監督がもたらした、アニメ界の革新
と可能性

『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』が、2019年7月2日(火)に東京国立近代美術館で開幕した。10月6日(日)まで開催される本展は、『火垂るの墓』や『かぐや姫の物語』など数々の名作アニメーションを残し、昨年4月に惜しくも82歳で逝去した映画監督・高畑勲の足跡を辿る初の回顧展。スタジオジブリ設立以前の功績も含めた1,000点以上の貴重な資料によって、アニメーションの革新に挑んだ高畑勲の監督人生に迫る。記者内覧会の内容とともに、本展の見どころをお伝えしよう。
「日本アニメ界のイノベーター」高畑勲が残した功績
1935年に三重県で生まれた高畑勲は、24歳で東京大学文学部仏文科を卒業した後、東映動画(現・東映アニメーション)に入社。そこからズイヨー映像や日本アニメーションなどで活躍し、1985年に徳間康快、鈴木敏夫、宮崎駿らとスタジオジブリを設立した。ジブリ以前は『アルプスの少女ハイジ』『母を訪ねて三千里』『赤毛のアン』といったテレビアニメの演出のほか、映画『じゃりン子チエ』の監督を担当。そしてスタジオジブリでは『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『ホーホケキョ となりの山田くん』『かぐや姫の物語』などの脚本・監督を務め、「絵を描かない監督」でありながら卓越した演出力によって日本アニメーションの歴史に類いまれな功績を残した。
一枚の写真の中に収まる高畑勲(左)と宮崎駿(右) 撮影:篠山紀信
高畑勲を「アニメーションの表現の可能性を切り開いたイノベーター」と評する東京国立近代美術館の鈴木勝雄主任研究員は、内覧会に併せて行われた記者発表会の中で「本展は高畑の生前から準備されてきた企画展だったが、高畑さんが亡くなったことにより追悼展・回顧展へと持つ意味が変わった」と解説する。
アルプスの少女ハイジのアルムの山小屋(会場外) (c)ZUIYO 「アルプスの少女ハイジ」公式ホームページ http://www.heidi.ne.jp/
また、鈴木は「東京国立近代美術館で行われる大規模なマンガ・アニメ展は、1990年の手塚治虫展に続く2回目のこと」と語り、その上で「高畑さんは美術に造詣が深く、文学、美術、映画、音楽と様々なジャンルを統合した一種の総合芸術としてのアニメーションを作り上げようとした。その業績を戦後の文化史の中に位置付けていくことで、この展覧会はぜひ当館でやるべきだと思った」と、近現代美術をメインとする同館で本展を開催する意義を語った。
「絵を描かない」アニメ監督の卓越した演出術を知る
本展には、高畑作品の構想メモや絵コンテ、キャラクターデザイン、背景画など1,000点を超える資料を展示。その中には、高畑の遺品から見つかった初公開の品も含まれている。

手前/『アルプスの少女ハイジ』キャラクター設定 小田部羊一 (c)ZUIYO 「アルプスの少女ハイジ」公式ホームページ http://www.heidi.ne.jp/

同館の加藤敬館長は、高畑の功績を「常に本質的なテーマを見つけ、模索し、それにふさわしい新しい表現方法を追求しながらアニメーションの表現の可能性を切り開いてきた」と解説。そして高畑作品の魅力を「アクションやフィクションとは一線を画した日常生活の丹念な描写に支えられた豊かな人間ドラマにある」と評する。
一方で、スタジオジブリの盟友である宮崎駿のように自ら絵を描くアニメーション監督も多いのに対し、高畑は「絵を描かない」監督だった。そのため、自ら描かないゆえに卓越された演出力や言語力、そして宮崎のほか、大塚康生、小田部羊一、近藤喜文、男鹿和雄ら、原画や背景美術などを担った仲間たちとの共同制作の過程を知ることが、本展を深く理解するためのポイントといえる。
ハイジの世界観を支える背景美術にも注目!
展示は4章構成で展開され、高畑のクリエーターとしての業績をその始まりから晩年までほぼ時系列で追っていく。各所には高畑自身の言葉が生前の本人映像などによって散りばめられており、それぞれの時代で追求するテーマや題材がはっきりと変わっていくところが興味深い。
会場内に散りばめられた高畑の言葉
第1章「出発点-アニメーション映画への情熱」では、東映動画でアニメーション演出家として歩み始め、初めて長編アニメーション監督を務めた1960年代頃の資料が展示されている。森康二、小田部羊一、大塚康生、そして宮崎駿との出会いもこの頃に遡る。
「太陽の王子 ホルスの大冒険」展示風景 (c)東映
初監督作品『太陽の王子 ホルスの大冒険』の展示では、作品の世界観はもちろんのこと、スタッフの配置などにも言及した緻密なメモを見ることができ、高畑が若くして思考の言語化に長けた人物だったことが伺える。また、この章ではキャリアの最初期に書かれた『ぼくらのかぐや姫』の企画メモを見ることもできる。この時は日の目を見ることがなかった企画が、その後、半世紀以上を経て『かぐや姫の物語』に至ったという点において、とても貴重な資料といえる。
『ぼくらのかぐや姫』企画ノート 高畑勲
第2章「日常生活のよろこび-アニメーションの新たな表現領域を開拓」は、『アルプスの少女ハイジ』や『母を訪ねて三千里』などを手がけた1970年代の仕事を中心にした展示だ。この当時の高畑作品の特徴は、日常生活の中にある豊かな人間ドラマを描いている点にある。そして、そのリアリティを演出するためには優れた背景美術の力が欠かせない。『アルプスの少女ハイジ』の展示ではキャラクターデザインの原画等ももちろん見ものだが、ハイジやペーターが置かれる前のアルムの山の背景美術の美しさも見逃せない。
『アルプスの少女ハイジ』背景画 井岡雅宏 (c)ZUIYO 「アルプスの少女ハイジ」公式ホームページ http://www.heidi.ne.jp/
また、ここには宮崎駿とのコンビで作り上げた初期の作品『パンダコパンダ』の設定資料も展示されている。高畑は本作の制作にあたり「子どもの心を解放するアニメーション」を意識したという。そんな中で両者が描いたメモやレイアウト資料はやはり緻密。創作へのアプローチは異なりつつも互いに志を重ねていく2人が、若き日にどんな会話を交わしながらこの作品を作っていたのだろうと、見ている側をワクワクさせるものがある。
第2章『長くつ下のピッピ』企画ノートほか パンダコパンダ (c)TMS
スタジオジブリ設立と同時期に始まった新たなる探求
第3章「日本文化への眼差し-過去と現在との対話」では、スタジオジブリを設立した1980年代からの業績を追っている。この時代、1981年の映画『じゃりン子チエ』以降、高畑は日本を舞台にした物語へと自らの興味を転換。特に、戦中、戦後の価値観を現代の視点から問い直すような作品が中心となる。
第3章『火垂るの墓』の展示風景 (c)野坂昭如/新潮社、1988
『おもひでぽろぽろ』の背景美術や、展示室を埋め尽くすほど大量な『平成狸合戦ぽんぽこ』のイメージビジュアルからは、この時期の高畑がテーマとした「里山」の美しさへのこだわりが見えてくる。そして『火垂るの墓』の背景美術が伝える戦火燃え盛る空襲の景色や清太と節子のイメージボードの数々は、あえて言うまでもなく切なさに胸を打たれる。
第3章『平成狸合戦ぽんぽこ』の展示風景 (c)1944 畑事務所・StudioGhibli・NH
そして第4章「スケッチの躍動-新たなアニメーションの挑戦」では、主に20世紀以降の功績を辿る。1999年公開の『ホーホケキョ となりの山田くん』では、前作までとは一線を画す、スケッチ的な線描を生かした新しい表現に挑んでいる。
「ホーホケキョ となりの山田くん」(c)1999 いしいひさいち・畑事務所・StudioGhibli・NHD
遺作となった『かぐや姫の物語』では、原画の持つ力によって日本の古典や日本文化の美しさを伝えようとした最晩年の挑戦を辿る。生命力の輝きを感じさせるかぐや姫の線画や、暖かな色彩による自然風景が展示室いっぱいに飾られ、最期までアニメ界のイノベーターであり続けた高畑勲の錆びない魂を感じながらフィナーレを迎える。
第4章『かぐや姫の物語』の展示風景 (c)2013 畑事務所・StudioGhibli・NDHDMTK
貴重音声が聞ける音声ガイドも絶対借りよう!
そのほか、会場にはハイジの家の再現やハイジやペーターが躍動するアルムの山のジオラマ、アニメーターの机など、資料以外の展示も見どころに。また、俳優の中川大志がナビゲートする音声ガイドには大塚康生、小田部羊一ら高畑を支えた人々のインタビューも収録。作中音楽もふんだんに盛り込まれているので、作品の世界観にどっぷり入り込みたいならぜひ借りたいアイテムだ。
『アルプスの少女ハイジ』アルムの山の再現ジオラマ  (c)ZUIYO 「アルプスの少女ハイジ」公式ホームページ http://www.heidi.ne.jp/
日本のアニメーションの歴史とともに歩んだ高畑勲の半世紀以上に渡る功績。筆者自身が『火垂るの墓』を見て生きる強さや戦争の悲惨さを学んだ世代であるように、きっと、それぞれの世代にそれぞれの高畑作品への思い出があることだろう。そうした中でここで見られる膨大な資料は、高畑勲が「遺したもの」であり、高畑勲が「教えてくれたもの」でもあるように感じた。ぜひ皆さんも会場でそんな感動と出合ってみてはいかがだろう。
『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』は、東京国立近代美術館で10月6日(日)まで開催中。

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