卑弥呼のバッハ探究27「無伴奏ソナタ
第3番 ラルゴ」

こんにちは、ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。今日取り上げるのはかつてCM曲にも使われたあの曲。え、何のコマーシャルだったっけ…? ほらー、あれですよあれ、手を口元に当てて叫びます。おーーい…?!

お茶を飲むならこの曲…?

 

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Maho Harada channelさん(@realsail_movie)がシェアした投稿 – 2019年 2月月16日午前6時52分PST
大人の方なら、この曲が数年前に伊藤園の「お〜いお茶」のCMで使われていたことをご記憶かもしれません。この曲を選んだのは、お茶の醸す“リラックス”という効果を視聴者に感じさせる点でニクいチョイスだな〜と思いました。
ラルゴとは教科書的に言えば「ゆるやかに」という和訳が当てられます。英語にすると「Wide」なんですって。せせこましさの反対というわけですね。興味深いのはヘ長調で書かれているところ。長調の曲に近親調を抱き合わせるときは属調が定番ですが、ここではハ長調の下属調が用いられています。
ここからはわたしの意見ですけれど、下属調って属調よりもなんだか“和らげられた”感じがします。特にヘ長調は温かみがあります。ヴァイオリンにとってはフラット系の調合を持つヘ長調はあまりフレンドリーな調性ではありませんし、なんならト長調のほうが都合は良いのですけれど、そこでト長調に逃げないのもまたバッハの工夫なのでしょう。
聞こえない声部を聴く

 

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Maho Harada channelさん(@realsail_movie)がシェアした投稿 – 2019年 2月月16日午前7時01分PST
ほかのソナタの緩徐楽章と比較してみましょう。ソナタ1番はシチリアーナ、2番はアンダンテでした。楽譜を見比べると、このラルゴは休符が多いように思います。
ヴァイオリンという単旋律楽器ながらポリフォニックな各声部をほとんど休まずに鳴らしきるアンダンテと比べると、ヘ長調の副作用は明らか。そう。ヴァイオリンの構造上、調性によっては和音を奏でることに不都合も出てくるのです。そんな楽器の都合をも超えていくのが、作曲家の腕。
たとえば優れた作家の文章が、少ない言葉で多くの景色を見せてくれるものであるように、この曲では弾き手の創意工夫と聴衆の想像力を活用した“隠れた声部”を書く技術が如何なく発揮されています。余白を一番楽しめるのは、きっとこの曲です。あなただったら、何を描きますか?
この曲を制するには

 

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Maho Harada channelさん(@realsail_movie)がシェアした投稿 – 2019年 2月月16日午前7時09分PST
ソナタの3番のアダージョとフーガはあまりに大曲なので「子供はダメダメ大人の曲」というイメージもありますが、一方で譜づらがシンプルなので、ラルゴと次のアレグロ・アッサイの抱き合わせでコンクール課題曲に使われることも少なくありません。
確かに一見易しい、でも実際に弾いてみると、アレグロ・アッサイも含め、思いがけず弓のコントロールが難しいのです。ソナタ2番のアンダンテでは“いかに複数の弦のバランスをとって鳴らすか”が肝だと書きました。これはいわば“横のつながり”の配慮ですが、こちらの曲では“縦のつながり”、つまり運休自体のバランスがとりわけ難しい。逆を言えば、弓の配分を制すれば弾けるというわけです。
ひさしぶりに小言のようなことを書きますが、弓の配分を考えるときにはゆっくり練習。どうどう、「いやラルゴすでに遅いだろ!」と言わずに、いきなりインテンポだと気が回らない部分も多いですから、弓の位置、弦に対する角度、右手の動き、左手とのコネクション…全てに注意を注げるテンポからスタートしましょう。そのほうが結果的に習得が速いです。
リラックスを伝えること
非常にまろやかなこの曲、まるで石臼で丁寧に弾いたお抹茶をいただくような…おっとお茶のイメージに引っ張られました。
このラルゴは聴きやすさも相まって、コンチェルトのあとなどにソリストのアンコールに使われることも多いものの、にしてもこの手の“穏やか系”の曲ほど、緊張すれば弓はプルプルするし、まして大曲フーガから続けて弾いてそんななめらかに弾けるかっっ! という本音も見え隠れします。
メンタルトレーニングの本などでしばしば語られるのは、曲を象徴するわかりやすいイメージをひとつ作って、演奏に入る前にそれを思い出すというもの。それを練習のときから体に刷り込むことで、緊張状態にあってもリラックスした心持ちを思い出すトリガーになるというわけです。
イメージしやすいもの…やっぱりお茶でしょうか。舞台袖に「おーいお茶」を置いたらいいんじゃないかな…それとも好きな人はCMに出ていた市川海老蔵さんとか三浦春馬さんとか思い出すといいのかな…。
冗談はさておき、次回はいよいよ終曲、アレグロ・アッサイ。最後までどうぞお楽しみに!
 

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