舞台『奇子』演出・中屋敷法仁インタ
ビュー「出演者たちを丸裸にしたい」

2019年7月19日(金)から28日(日)まで紀伊國屋ホール、ほか水戸・大阪にて、手塚治虫原作の舞台『奇子(あやこ)』が上演されることが決定した。
漫画の神様、手塚治虫は、ヒューマニズム溢れる作風で広く知られているが、その一方で、策謀や背徳といった人間の心の闇や犯罪、グロテスクで過激な表現など、そのイメージとは対照的な「黒い」作品も多く描いている。戦後の田舎社会を舞台に、少女監禁や近親相姦などセンセーショナルな描写も巧みに取り入れた「奇子」は、この作品群の代表作とも言える作品だ。
主演を務めるのは、A.B.C-Zのグループでの活動のほか、舞台『シェイクスピア物語~真実の愛~』に出演、また振付師として『滝沢歌舞伎ZERO』を手掛ける五関晃一。単独での舞台主演は、今作が初となる。
そして上演台本と演出を手掛けるのは、物語の舞台となる青森県出身者でもある中屋敷法仁。気鋭の演出家ながら、その研ぎ澄まされた演劇感覚と手腕に定評のある中屋敷が、どう「奇子」を表現するのだろうか。そんな中屋敷に話を聴いてきた。
開口一番、「自分との距離感がつかめない作品です」と語り出した中屋敷の心境とは―。
ーー距離感がつかめない、とはどういうお気持ちからそう思われたんですか?
『奇子』は僕が物心ついたくらいに読んだ本だったんです。多分小学生だったとは思うんです。実は父が手塚治虫先生のファンだったので、家にはたくさんの手塚作品があったんです。そのなかでこの『奇子』は子ども心に読んじゃいけない、あるいは積極的に読ませてはいけない内容だと感じました。これはヤバイだろうって。でもかなり夢中になって読んでいましたね。
中屋敷法仁
ーーそんな作品を今回舞台化されることになった理由とは?
この作品に出会った後、演劇の喜びを知ったんです。生身の俳優が生身の人物を演じる事で普段僕らが出会えない本性と向き合える喜びですね。シェークスピアなりチェーホフなり様々な作品がある中、手塚作品ならばどうだろうと考えた時、僕の中で『奇子』は最高傑作にして最高怪作だと思ったんです。僕がいちばん舞台で観たい作品なんです。正直なところ(演出が)僕じゃなくてもいいと思うくらいなんです。お客様に見せつけたい、のではなく、僕が単純に舞台版の『奇子』を観たいんです​(笑)。
本作の舞台化が発表されたあと、古い友人たちから「そういえば昔から『奇子』を舞台化したいって言ってたよね! 学生時代から」って言われてしまいました(笑)。
あと、平成が終わったのに昭和の作品をやるという現実。時代の流れが人の感情をないがしろにしていく、その残酷性を今ならばまざまざと感じられるんじゃないかなと思っています。いろいろな意味でいいタイミングなんじゃないかなと。
ーーこの作品の魅力をどう芝居に落とし込もうとしていますか?
手塚ファンとして言うならば、この作品には「漫画的魔法」があまり使われていないんです。真剣に人間ドラマを描いている作品。原作に忠実であるべき部分は、その人間関係を描くことじゃないかなって。誤解を恐れずに言うと『奇子』は漫画らしくない漫画。純文学に近いくらいの作品で、なおかつ、シェークスピアのようなスケールの大きさ、あるいはチェーホフが描く醜さがある。演劇として拡大し甲斐があると思っています。
中屋敷法仁
ーー舞台化する魅力がある反面、作り上げていく際にハードルとなりそうな事もあるのではないかと思うのですが、その点はいかがでしょうか。
これは俳優さんたちが戸惑うかもしれませんが、多少なりとも俳優さんたちそれぞれの本性に触れなければ前に進めないかな、と思っています。俳優は「その場に生きているフリをする」事が達者な方々でありますが、今作は自分の過去の経験・体験を元にした本性を手掛かりにしていかないと役の核心を探れないんじゃないかなと思うんです。どの登場人物もとてつもない役柄ですから。稽古中、デリケートな場面に直面するかもしれませんね。​
同じ手塚作品で『鉄腕アトム』がありますが、アトムは夢や希望、テクノロジーの最先端の象徴でした。ですが『奇子』の奇子は僕らがいちばん隠しておきたい事、どこかに閉じ込めておきたい事が全部詰まった存在なんです。しかもそれを下の世代にどんどん押し付けていく残酷さもあるんです。
演劇ってどれだけお客様の目を「そむけさせるか」が勝負。「引き付ける」事は皆さん達者だと思うんですが、「これは観たくないけど観なければ」という塩梅が求められるように感じます。客席から逃げられないのでお客さんが「これ以上観たくない」「目をそむけたい」事をあえて許さない作品に作り上げたいんです。
中屋敷法仁
ーー天外仁朗役にA.B.C-Zの五関晃一さん、奇子役に駒井蓮さんがキャスティングされましたが二人に期待していることは?
五関くんには何もかも期待したいですね。素晴らしいパフォーマンスをする方でありつつもプライベートが謎に包まれていて本当に本性が分からない方。自分からおしゃべりするタイプでもないですし。パフォーマンスの裏に隠されている誇りや憎しみ、絶望などをこのキャラクターに乗せていけるんじゃないかなって。五関くんが演じる天外仁朗自身のキャラクターは、他者との人間関係でより顕在化してくるので、二つの人格が交わる事にワクワクしています。
僕は振付家やダンサーなど身体表現をされている方は僕ら劇作家・演出家以上に哲学を持っていると考えています。僕ら以上に言葉や思想に強さを持ってないとできない役どころだと思うんです。僕はそんな五関さんが身体で返してくるものを通して五関さんの思考に触れてみたいですね。
奇子役の駒井さんは逆にむき出しのままで接する事になりそうです。駒井さんは地元が同じ青森出身ですが、この顔ぶれの中ではいちばんキャリアが少ない方。今回の現場で駒井さんを「産み育てる」感じがするので、駒井さんがどんな反応を見せるか、どう転んでいくのかを楽しみに作っていきそうです。
五関くんと同じく、三津谷亮くん、味方良介くんも内面と外面の違いがあって、本性が分からない方。そんな彼らを丸裸にしていきたいですね。
中屋敷法仁
ーーちなみに誰目線で本作を描いていこうと考えていますか?
最初にそれを考えましたね。演劇的に誰目線で描くかを。今回は仁朗を軸にはしていこうとしていますが、一方で仁朗が一番翻弄されているんです。また他の人たちもそれぞれに翻弄されているので、いずれもストーリーテラーの役割は果たせないでしょう。動物園のように俯瞰で人間たちを見ていく作品になるだろうと思います。
ーー今後、またもし手塚作品をやる機会があった時に手掛けてみたい作品は?
うーん(しばらく考える)2時間の舞台にはならないかもしれませんが『きりひと讃歌』をやってみたいです。四国の山奥で奇病が発生する事件が発端となる、医療、差別、宗教とかも混在する物語……演劇だからこそ表現できるテーマがいっぱい含まれていますからね! ああこれすぐに企画書書こう(笑)!
ーー最後になりますが、公演を楽しみにしているお客様にメッセージをお願いします。
チケットを買ってくださった方は「〇月〇日にここで会いましょう」という想いで劇場に来られるんだと思うんです。だから僕は「デートに行く気分で」。この『奇子』チームと『奇子』という作品とデートをする気分で劇場に来ていただきたいです。ただデートの相手が何をしでかすのか分かりませんので、場合によっては「共犯者」となるかもしれません(笑)。デートの後、素敵な夜景を見に行く事になるのか、はたまた重大な事件を隠蔽する事となるのか分かりませんけどね(笑)。
中屋敷法仁
取材・文・撮影=こむらさき
【物語】
青森県で500年の歴史を誇る大地主・天外一族。村では絶大な富と権力を誇っていたが、終戦後の農地改正法により、その勢いは静かに衰えつつあった。
太平洋戦争から復員した仁朗が帰ると、家には奇子という妹が生まれていた。それは父・作右衛門と兄嫁・すえの間に生まれた私生児だった。兄の市朗が、遺産ほしさに妻であるすえを差し出したというのだ。
「うちは異常な家だ!狂ってるんだ!」
そんな仁朗も、しかし、GHQのスパイとして仲間を売って生き延びて来た。
組織の命令により、さらなる陰謀に加担して行く仁朗。
仁朗の犯した罪、一族の犯した罪=奇子が複雑に絡み合い、やがて奇子は土蔵の地下に閉じ込められ、死んだことにされる。それから十一年後、末弟・伺朗は強く反発している。
「うちの家系はまるで汚物溜だ。犬か猫みてぇに混ざり合って、そのつど、金と権力でもみ消したんだ…」
さらに十一年後、地下で育てられ続けてきた奇子は、伺朗により地上へと出される。隠蔽した罪や過去が、次々に暴かれ、やがて一族を滅ぼすことになる。地方旧家の愛欲、戦後歴史の闇を描く因果の物語。

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