MOROHA・大森靖子 僕らが観た、もう
1つのドキュメンタル 「あのときに
もらった鳩尾への一発を、俺も返しに
やってまいりました」

これは2019年5月9日、東京・LIQUIDROOMで開催された『LIQUIDROOM presents MOROHA大森靖子』の記録と記憶である。
薄暗いステージに現れたUKは、台の上に座りギターの音をチェックしていた。少し遅れてアフロが姿を見せて、スタッフ1人1人のもとへ行って「今日はよろしくお願いします」とハッキリした口調で挨拶をしてからリハーサルは始まった。アフロが音響・照明スタッフに向かって、「次は2曲目の設定Aからいきます」と伝えれば、UKは無言で演奏を始めて、アフロは歌を乗せる。そういったやり取りを繰り返し、順調にリハーサルを終えて2人は楽屋へ戻った。
開場時間の30分前。楽屋を訪ねてきたのは映像作家のエリザベス宮地。メンバーやスタッフに挨拶を済ませると、バッグからカメラを取り出して1台をステージに設置。もう1台は手持ちカメラでアフロとUKを撮影していた。
いよいよ開演20分前。UKと宮地は部屋を出て通路で談笑している一方、アフロは楽屋のソファーに腰掛けてセットリストが書かれた紙に何かを書き加えたり、考えごとをしたりしていた。そしてアフロと僕は雑談をしていて、あるキッカケから『ドキュメンタル』の話題に。
アフロ「今のお笑いでアレ以上のものってないとすら思うね。笑ったら負けというルールで、披露されたネタ自体には耐えられたとしても、頭の中でどんどん面白さを見つけてしまう人程に笑ってしまう。想像力があればある程に不利だよね。浮かぶツッコミの数だけ面白さの火薬が増してくんだもん。でもそれって人間への興味の表れだったり思いやりが根元な気がする」
——しかも、ちゃんと攻防戦になってますよね。笑わないように目を閉じて無視することも、聞かないように耳を塞ぐこともできるけど、しっかり相手のボケを真っ向から受け止めて「じゃあ、自分はどう反撃するか」を考える。
アフロ「それって美しいよね。……確かに、そこの調和にも感動するよな」
「逆に、MOROHAの対バンに調和はあるんですか」って聞こうと思ったが、きり出すタイミングを逃した。気づけば本番10分前になり、宮地が楽屋に戻ってきてアフロにカメラを向ける。そしてUKも楽屋に入り、静かにギターを弾き始めた。3人に会話はなく、そこには誰も踏み込めない特別な空気だけが満ちている。僕はそっと楽屋の扉を閉めてフロアへ移動すると、隅々まで大勢の観客がライブを今か今かと待っていた。
MOROHA
開演時間になり、MOROHAがステージに登場。1曲目は「ストロンガー」で始まった。張り詰めた雰囲気の中、UKのアコースティックを叩く音はまるで誰かの心臓音のようで、場内には静寂という名の静かで重たい空気が漂っている。1番を歌い終えると、アフロは《なんの感情もない拍手や周りに合わせてする生温い手拍子。そんな事ばっかしてきた手のひらで、一体何掴むつもりなんだよ》と鋭い目つきで言葉を向けた。そして《さあ出かけようぜ、胸を張ってさ》最後の歌詞を歌い上げると、アフロは頭上に灯るスポットライトを見つめた。まるで時間が止まっているように無音の場内。沈黙の数秒間はとても長く感じた。フロアから1人が拍手を送ると、圧倒されていた他の観客も次々と拍手を重ねた。
そしてUKが2曲目「革命」の演奏を始めると、歌い出す前にアフロが口を開いた。「今、最初に拍手をくれた人。その拍手だけが本物で、あとは義理チョコ。俺たちからすれば、あなたが本命なんで。本命の拍手以外、今日はナシにしましょうや」続いて「俺のがヤバイ」を歌うと、今度は曲が終わったと同時に会場から一斉に拍手が起きた。しかしアフロは「拍手……要らねえや。もう拍手は要らねえや。俺は拍手をもらいに来たわけじゃねえから。……俺、あんたらから「金」もらいに来た」そう言って「米」を披露。《夜な夜な銭を数えてた。これで生きてく。これで米を食う》サビを聴きながら、僕の脳裏にはドキュメンタリー映画『其ノ灯、暮ラシ』でアフロにインタビューしたときのことがよぎった。
「自分たちのやっていることで飯を食っていこうなんてさ、そんな虫のいい話って本当はないよね。自分のエゴを突き通して、それで人様に認めてもらって、一端にこの世界で生きていこうなんて思うのはさ、本当にとんでもないわがままを言ってるような気がする。(省略)サラリーマンの方に比べたら、俺は全然働いてないと思う。で、お客さんとして(ライブ)に来るのは、サラリーマンの方々でしょ。その人たちに向かって「俺はこう思うんだ」って言うとき、やっぱりその人たちに負けない姿勢で生きてなかったら、言えることなんて1つもない」
この日のチケット代は4000円。そのお金は汗で黄色く染まったワイシャツを着て、日々の仕事と戦いながら時にはお客さんや上司に頭を下げて、時には徹夜で作業をして、必死に稼いだ給料の中で許される唯一の贅沢だったりする。アフロの「あんたらから金をもらいにきた」というのは、そこまでわかった上で発した言葉だったと思う。
MOROH
中盤で披露された「拝啓、MC アフロ様」「うぬぼれ」を歌い終えると、数秒の間を空けてアフロが袖にいるであろう大森靖子に語りかける。「大森靖子、あなたの存在が俺の支えだった時期がありました。どうしても好きになれない同世代のロックバンドばっかりで、くだらねえと思って唇を噛んで。そいつらがどんどん駆け上がっていく間でたった一筋の光が、1人ぼっちでステージに立って、自分の生傷をえぐり出して、客と向き合って飛び込んでいくあなたの姿でした。それを見るたびに俺は「勇気をもらった」とか、そんな生ぬるいもんじゃなくて。力一杯殴られたような、「お前はいつまでアンダーグラウンドなんて言ってんだ」って。そういうふうに言われた気になってました。今日はあのときにもらった鳩尾への一発を、ちょっと時間かかったけど俺も返しにやってまいりました」そして彼らがラストに歌ったのは「五文銭」。自分は何のために戦っているのか、誰のために戦っているのか、何と戦っているのか、戦いの先にどんな答えが待っているのか。そんな自問自答を繰り返す人間の歌。MOROHAのライブが終着へ向かう中、UKの演奏をバックにアフロが最後に告げる。「今日もみっともないことをしちゃったな。今日も惨めな思いをしちゃったな。って、そんな日は寝る前に天井の木目を数えながら「明日なんか来なきゃいいのに」と思います。「消えてしまえたらいいのに」と思います。だけど、残念ながら命ってやつは、人生ってやつは、良くも悪くも俺たちのことを簡単には逃してはくれないようで。良くも悪くも「未来だけ」はある。希望がなくても、夢がなくても、残念ながら未来だけはある! どこへ? なぜ? 何をもってそこまで? その問いかけに答えが出ることは、きっと、ずっとなくて。問いかけながら、ずっとずっと続くんだ」無数のスポットライトが2人を照らす。「俺はたくさん負けてきたけど、いつか俺は俺のことを褒めてやりたい! 最後まで逃げなかったって! 力一杯、抱きしめてやりたい! そして、いつか、いつの日か! 俺は、俺は、俺のことを……幸せにしたい!」
大森靖子
大森靖子のリハーサルは、僕が今まで観てきたアーティストと比べて特殊だった。スタッフに対して「じゃあ何曲目からやります」というコミュニケーションはなく、ステージに現れるとおもむろに演奏を始めた。1曲歌えばまた次の曲、そして次の曲と間髪いれずメドレーのように歌っていく。ギターの弦にピックを当てた途端、彼女の中にある怨念、優しさ、怒り、やるせなさ、温もりが音になって飛んでくる。客のいないガラガラのフロアに向かって、彼女はリハと思えないほど全力で喜怒哀楽をぶつけるかのように見えた。数曲を歌い終えて一息つくと、「あ、あのぅ……もうちょっとボーカルの返しがある方がいいかなって」と先ほどの演奏からは想像できない、穏やかな声でスタッフに伝える。その謙虚な姿勢にも驚かされた。
リハーサルを見届けた後、楽屋で待機していると通路から大森の笑い声が聞こえてきた。様子を見に行くと、そこにはドキュメンタリー映画監督の岩淵弘樹がいて何やら楽しそうに話していた。
ライブ本番、1組目にMOROHAのステージが終わると明るくなる場内。スタンドにはピンク色のマイクがセットされている。一度、暗転すると1曲目「ミッドナイト清純異性交遊」のオケが流れて、ステージはピンク色に染まり大森が袖から姿を見せた。観客もペンライトを取り出して、ステージもフロアもピンク一色に。2曲目ではアコースティックギターを持って「マジックミラー」の弾き語りを披露。最初のキラキラした雰囲気からは一転、彼女の嘆きのような声は心の奥底を痛みという愛で刺激する。愛は暴力だ。
2曲を歌い終えると、ギターのネックを触りながら「……こんなことってある?」と小さく呟いた。「こんなことあるって言えば、さっきね、それこそ……あ、まずMOROHAさんと私の2マンライブを主催してくださったLIQUIDROOMさん、ありがとうございます」と笑みを浮かべながら会場に挨拶をした。「MOROHAさんとは結構、同じ界隈と言いますか。だけど2マンライブをしたことはなくて。とは言っても同じ魂で頑張っている人は、一目見てわかるじゃないですか。そういう人がいて嬉しい気持ちはあって。同じ気持ちで続けてくださっていたMOROHAさん、そして続けてくださっていた私、そして生きてくださっていたあなた、本当にありがとうございます」その口調はとても柔らかく、歌う姿とのギャップを感じた。フロアから拍手が送られると「同じ気持ちじゃなくても、生きてさえいれば良いんだけどね。さっき大丈夫でも、すぐダメになったりしますから。私はステージ上でしか無敵じゃない人間なので。最近は服を買いに行くとか、美容室に行くとか、ネイルへ行くとか人並みにできるようになったんですよ。自分はやって良い人間だ、って暗示をかけることに30歳くらいになってやっと成功したんです」そして話はライブ前の出来事について展開した。
大森靖子
「弾き語りのときは爪を短くしなきゃいけないから、今日の12時くらいにネイルへ行ってきたんですよ。そこは施術中にテレビをつけてくれるお店なんですけど、お昼の番組は結構つらいニュースが流れるじゃないですか。そしたら、私の内臓が全部出そうなくらい苦手なニュースが映ってて。店員さんに「テレビを消して」と言えばよかったんですけど、他のお客さんもいるから言えなかったんですよ。それで「テレビを消して」すら言えない自分にも落ち込んで。ネイルをしに行くってハッピーなことじゃないですか。だから、すごくハッピーな気持ちで行ってるのに、そのニュースにずっと耐えていたんですよ。その時に「まだこういう苦行を味わっていかなきゃいけないんだ」と思って。変えたいこととか、変えられないこととか、変わらないままで理解を得たいこととかね。そういうのが日常はもちろん、音楽の中でも色々ありまして。その1つとしてZOCというグループをやっているんですけど、その曲をやろうと思います」そう言って「family name」へ。
その後、新曲「Re:Re:Love」や「音楽を捨てよ、そして音楽へ」「君と映画」と紡いでいき、中盤戦の「絶対彼女」では《絶対女の子絶対女の子がいいな》のフレーズを観客も一緒に歌った。女性だけでなく、男性も歌う会場の様子は幸せなムードに満ちている。彼女は著書『超歌手』において、「音楽業界の中で女性として他のバンドマンと同じようにステージに立つのって、他の社会のことは知らないですが、まじで女っていうのが邪魔でしょうがなかったんですよ」という。そして「女という性別を内包した私という人間を音楽にぶちこんで美しく閃きたい」と自身のスタンスを語っている。まじりっ気のないポジティブで「女の子がいいな」と言ってるわけではなく、音楽という戦場において、いろんな差別や偏見を味わった上で「絶対彼女」を歌う。そこには性別の先にある、大森靖子の覚悟や強さを感じた。
大森靖子
本編のラストに選んだのは「TOKYO BLACK HOLE」。曲中で激しく叫んだり、まるで泣いているように声を震わせたり、感情の起伏を詰め込んで歌い上げた。そして、大森がステージから去るとすぐにアンコールへ。再びステージに現れると「まだまだやりたいと思ってたんだぁ!」と、少女のように楽しそうな表情を浮かべた。アンコールは「お茶碗(超ショートバージョン)」「アナログシンコペーション」「死神」と重ねて、最後は「キラキラ」。「キラキラ君の毎日が必要さ」彼女の歌は生の肯定であり、個人の肯定だ。あなたはそれで良いんだよ、と歌ってくれている気がした。こうして計19曲にも及ぶ、彼女のステージは大きな拍手とともに幕を閉じた。
終演後、僕は大森のところへ挨拶に行った。2015年に『SamuraiELO』という雑誌で彼女がコラムの連載をしており、実はそのときの編集担当をしていたことを伝えたら「ええ!」と驚いていた。
――大森さんにお会いできるというので、昨夜『サマーセール』(※2012年に制作された、大森靖子・主演のドキュメンタリー映画)の予告を久しぶりに観ていたんですよ。だから最後に「キラキラ」を歌われたのがすごく嬉しくて。
大森「『サマーセール』なんて、それはヤバイですね」
――しかも今日は岩淵さんもいらしてたから、よりドラマチックで。
大森「アハハハハ、確かに」
マネージャー「じゃあ記事にリンクを貼っておきますか」
大森「いやいや、あれはDVD化してないから」
マネージャー「あ、そっか」
大森「だって恥ずかしいもん」
そう言って照れ臭そうに笑う大森。ステージから降りた彼女は、優しいオーラをまとっていた。
挨拶を終えた後、このイベントの仕掛け人であるLIQUIDROOMの山田さんに話を聞いた。そもそも、なぜMOROHAと大森靖子の2マンを企画したのだろう。「オファーした一番のポイントは、2組とも強い音楽じゃないですか。だからこそ、この組み合わせでイベントやりたいと思いました。あと裏テーマでいうと3人とも同い年というのも素敵だなと」
アフロ、UK、大森靖子はともに1987年組。この日、観衆を前に歌った2組のアーティスト。まばゆいスポットライトに照らされている後ろには、色濃く伸びた影があった。光と影。ステージの上に立つ者は皆、いつだって光と同じだけの孤独を背負っている。5月9日、同じリングでお互いの拳を交えた両者。あの日にしか観られない調和がそこにあり、まさしく『ドキュメンタル』だった。
文=真貝聡 撮影=MAYUMI-kiss it bitter-

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