展覧会『円山応挙から近代京都画壇へ
』報道発表会レポート 上村松園や長
沢芦雪など、円山・四条派の画家約5
0名が勢ぞろい!

江戸時代中期から後期にかけて、京都で活躍した絵師・円山応挙。写生画による親しみやすい表現は京都で多大な影響力を持ち、「円山派」を確立した。応挙からはじまり、近世から近代にかけて引き継がれてきた画家たちの系譜をたどる、過去最大規模の展覧会『円山応挙から近代京都画壇へ』(2019年8月3日〜9月29日)が、この夏、東京藝術大学大学美術館にて開催される。
与謝蕪村に学んだのち、応挙に師事した呉春(ごしゅん)によって「四条派」が誕生すると、その後ふたつの流派を融合した「円山・四条派」が京都で主流となり、日本美術史の中で重要な位置を示すようになる。本展は、重要文化財12件を含む約120件の名品から、応挙や呉春を起点に、江戸中期から昭和初期までの四条・円山派の作品を「自然、人物、動物」のテーマごとに紹介する。
重要文化財「牡丹孔雀図」 円山応挙 明和8年(1771) 京都・相国寺蔵 京都展のみ・半期展示
京都国立近代美術館 学芸課研究員の平井啓修(よしのぶ)氏によると、展覧会で取り上げる画家の総数は50名ほどを予定しているという。江戸から昭和にかけての円山・四条派が勢ぞろいする会場には、京都画壇を代表する大家の竹内栖鳳や上村松園をはじめ、奇想の画家と称される長沢芦雪の作品も展示されている。
「小雨ふる吉野」(左隻) 菊池芳文 大正3年(1914) 東京国立近代美術館蔵 京都展のみ・半期展示
さらに、「応挙寺」として親しまれる大乗寺(兵庫県香住)より、応挙最晩年の傑作《大乗寺襖絵群》の立体展示が再現される機会も見逃せない。工夫を凝らした展示方法で、応挙の巧みな空間性が体感できる特別展示は、東京では約10年ぶりの公開となるそうだ。4月16日に行われた報道発表会より、応挙の活躍した時代背景も踏まえつつ、本展の見どころをお伝えしよう。
すべては応挙にはじまる
応挙が活躍した江戸時代は、文人画(文人が制作する絵画)が流行し、人々が中国文化に憧れる傾向があったそうだ。一方、上方では裕福な町人が増加し、町人文化が栄えるようになった。それまで狩野派の絵画が多くを占めていた中で、町人の自由な気風の中で生まれる絵画が、大阪や京都から現れるようになる。文人画を描いた池大雅や与謝蕪村、奇想の画家のひとりである伊藤若冲など、様々な個性を発揮する絵師が活躍する中で応挙が登場した。
重要文化財「写生図巻(甲巻)」(部分) 円山応挙 明和8年~安永元年 (1771-72)株式会社 千總蔵 東京展:後期展示 京都展:半期展示
農家に生まれた応挙は、京都に丁稚奉公に出て暮らす中で、15歳の時におもちゃ屋の尾張屋勘兵衛の世話になる。ビードロ(ガラス製のおもちゃ)や覗き眼鏡を扱っていた尾張屋の元で、応挙は覗き眼鏡に使われる遠近が効いた眼鏡絵を描いたとも言われているそうだ。さらに平井氏は、人形も取り扱っていた尾張屋で、応挙が人体構造の素養を身につけた可能性もあると説明した。
重要文化財「写生図巻(乙巻)」(部分) 円山応挙 明和7年~安永元年 (1770-72) 株式会社 千總蔵 東京展:前期展示 京都展:半期展示
写生画を得意とした応挙
応挙は狩野派の絵師から画技を学びつつ、尾張屋勘兵衛の店に出入りしていた人々との交流をきっかけに、強力なパトロンの支持を得るようになった。中国から渡来した画譜類から主題をとって描くことが多かった時代に、応挙は「ものを見て描くこと」、すなわち写生をはじめる。
実際に自分が見たものを、見えた通りに絵に表現していく方法は、京都画壇に新たな風を吹き込み、瞬く間に大きな影響を持つようになった。その後も写生を重んじる伝統は、近代になっても円山・四条派の重要な特性として受け継がれていった。また、応挙の門人のうち優れた10人は「応門十哲」と呼ばれ、その中には奇想の系譜で有名になった長沢芦雪も含まれていた。
「薔薇蝶狗子図」 長沢芦雪 寛政後期頃 (c.1794-99) 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション) 東京展:前期展示 京都展:半期展示
報道発表会では、東京会場での展示が予定されている応挙の《山中乗馬図》(東京藝術大学所蔵)が公開された。応挙が41歳の頃に描いた本作について、東京藝術大学大学美術館 准教授の吉田亮氏は、輪郭線を用いず墨の濃淡で陰影や立体感を表現する「付立て(つけたて)」は、応挙が発明した技法といえるものだと解説した。
「山中乗馬図」 円山応挙 東京藝術大学所蔵
「狩野派に見られる強い輪郭線を排除し、見る者に対して親しみやすい印象を与える『付立て』は、応挙の特徴のひとつであり、理念としての写生を実践のテクニックに変えたものとも言えるでしょう」
「山中乗馬図」(部分) 円山応挙 東京藝術大学所蔵
モチーフごとに円山・四条派の作品を見比べる展示構成
京都に生まれ与謝蕪村の門人となった呉春は、晩年の応挙に弟子入りを乞うも、弟子ではなく友人として迎え入れたと言われている。平井氏は、応挙が蕪村と知り合い関係にあったので、呉春とも当時から親交があったと考えられることが原因ではないかと説明した。呉春は、応挙の写生画に、蕪村のすっきりと洒落た情緒を加えた画風を確立し、のちに「四条派」と呼ばれる流派を形成していく。
「山中採薬図」 呉春 公益財団法人阪急文化財団 逸翁美術館蔵 東京展:前期展示 京都展:半期展示
応挙・呉春を起点とする四条・円山派の流れは、猿を得意とする森派、虎を得意とする岸派などの画系を生みつつ、上村松園や竹内栖鳳など、近代京都画壇を牽引した画家たちへと引き継がれていった。
「猛虎図」(右隻) 岸竹堂 明治23年(1890) 株式会社 千總蔵 東京展:前期展示 京都展:半期展示
本展では、山水画や人物画、動物画などモチーフごとに円山・四条派の作品を見比べられる構成にすることで、「同じ主題の中にどのような違いがあるのかを、ビジュアル的に見てわかるようにしたい」と平井氏は語る。
重要文化財「保津川図」(右隻) 円山応挙 寛政7年(1795) 株式会社 千總蔵 東京展:後期展示 京都展:半期展示
応挙が亡くなる間際に描いた代表作のひとつ《保津川図》や、四条派の画家とも言われる木島櫻谷の《山水図》、応門十哲にも名前が上がっている森徹山の作品などを一同に並べることで、円山・四条派の面白さを体感してほしいとのこと。
さらに、応挙の描いたかわいらしい犬の姿が、近代の画家・竹内栖鳳が描くとより写実的に仕上がっているように、同じ写実でも表現が異なることにも注目したい。
「狗子図」 円山応挙 安永7年(1778) 敦賀市立博物館蔵 東京展:後期展示 京都展:半期展示
「春暖」 竹内栖鳳 昭和5年(1930) 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション) 東京展:前期展示 京都展:半期展示

「円山派は応挙の写生的な、硬めの作品が多いのに対して、四条派は瀟洒(しょうしゃ)な感じが加わり、少し柔らかな絵画になる。近代に入ると、ふたつの流派がどんどん混ざってくるので、それぞれの画家にあらわれた特徴を見つけていくのも面白いと思います」と平井氏。近世から近代という広範囲の画家を取り扱うにあたり、平井氏は「できるだけみなさんが知っている画家だけでなく、これまであまり知られていない画家も紹介できる機会にしたい」と意気込んだ。
東京では約10年ぶりの公開となる《大乗寺襖絵》の再現展示も!
本展覧会の見どころとなるのが、晩年の応挙が手がけた最高傑作《大乗寺襖絵群》の立体的展示だ。兵庫県香住(かすみ)にある大乗寺は、「応挙寺」と呼ばれ親しまれていて、円山派の画家たちがほぼすべての襖絵を描いている。
会場では、大乗寺客殿各室の雰囲気をそのまま体感できるように、襖を十字形に配置して展示するとのこと。
吉田氏は、「応挙は『角』を非常にうまく使った画家であり、巧みに空間性を生み出すことに知恵を絞っている」と説明。本展では「松に孔雀図」「郭子儀図」など客殿の応挙作品を中心に、応挙の息子・応瑞や呉春、山本守礼など、円山・四条派を継いだ画家たちと合わせて立体的に鑑賞を楽しむことができるそうだ。
重要文化財「松に孔雀図」(全16面のうち4面) 円山応挙 寛政7年(1795) 兵庫・大乗寺蔵 京都展のみ・通期展示
重要文化財「郭子儀図」(全8面のうち4面) 円山応挙 兵庫・大乗寺蔵 京都展のみ・通期展示
重要文化財「郭子儀図」(全8面のうち4面) 円山応挙 兵庫・大乗寺蔵 京都展のみ・通期展示

なお、本展は前期と後期で大幅な展示替えを予定しているので、一回に限らず二度みるのがオススメとのこと。さらに、東京会場のみの出品となる応挙の《江口君図》(えぐちのきみず)は、なかなか門外に出る機会のない作品だそうだ。円山・四条派の系譜を存分に満喫できるこの機会を、ぜひ逃さないでほしい。
重要美術品「江口君図」 円山応挙 寛政6年(1794) 静嘉堂文庫美術館蔵 東京展のみ・前期展示

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