残酷な世界と一筋の希望の光を描き出
す、ミュージカル『笑う男』待望の日
本初演開幕

ミュージカル『笑う男 The Eternal Love−永遠の愛−』(以下、『笑う男』)の日本初演が、2019年4月9日(火)、突き抜けるような青空の下、東京・日生劇場にて幕を開けた。本作は『レ・ミゼラブル』で有名なヴィクトル・ユゴーの「笑う男」を原作としており、脚本は『マリー・アントワネット』の演出を手掛けたロバート・ヨハンソン、音楽・歌詞は『デスノート THE MUSICAL』を生み出したフランク・ワイルドホーンとジャック・マーフィーのゴールデンコンビという、強力なクリエイター陣によって誕生した。2018年8月に韓国で世界初演を迎え、待望の日本版の演出は『オン・ユア・フィート!』や『キューティー・ブロンド』といった話題作の演出が続く上田一豪が務める。
本公演の初日と同日に囲み取材とゲネプロが行われ、囲み取材には主演の浦井健治をはじめ、夢咲ねね、衛藤美彩、朝夏まなとの4名が登場した。以下でその模様をレポートする。
本作はフランク・ワイルドホーンが手掛けた劇場全体を包み込むような壮大な音楽に乗って、テンポよく物語が進んでいく。上演時間は休憩時間(25分)を含み、約2時間45分。ゲネプロでは、本作唯一のダブルキャストとなるデア役を衛藤美彩が演じた。
それはまるで、残酷で切ないおとぎ話だった。1689年、イングランド。“子ども買い”コンプラチコに連れ去られた挙げ句、見世物として口を裂かれた幼い少年グウィンプレンが、船から降ろされ置き去りにされるところから物語は始まる。
月明かりを頼りに雪道を彷徨うグウィンプレンは、ふと赤ん坊の泣き声を耳にする。それは、既に息を引き取っている母親に抱かれた小さな赤ん坊だった。彼は赤ん坊をデアと名付けた。
赤ん坊を抱え、行くあてのないグウィンプレンが偶然訪ねた小屋にいたのが、後に家族同然の関係を築くことになる興行師・ウルシュス(山口祐一郎)だった。突如家を訪ねてきた口を割かれた醜い顔の少年と、母を亡くした盲目の赤ん坊を見たウルシュスは、彼らの過去を悟り、あまりに残酷なこの世を嘆いた。
初めはぶっきらぼうで、厳しい素振りすら見せるウルシュスだったが、「残酷な世界」の曲中では嘆きつつも、不器用に赤ん坊のデアをあやしながら、ときにコミカルに歌い上げた。この曲には、彼が本来持っている優しい人柄が滲み出ているようだった。
残酷な世界から一転し、貴族たちの華やかなガーデンパーティーのシーンへと舞台は転換する。グウィンプレンたちがいる世界とは、あまりにも違う世界だ。そこでは豪華絢爛な衣装を身に着けた、富める者たちによる醜い権力争いが繰り広げられていた。パーティー中の人々の間を器用にすり抜けながら、王宮の使用人・フェドロ(石川禅)が狂言回しとなり、貴族たちの関係性を皮肉交じりに説明する。瞬時に変わるさり気ない声色や表情は、さすがの一言。
時が経ち、成長したグウィンプレン(浦井健治)とデア(衛藤美彩)はウルシュス一座に身を置き、自らの生い立ちを描いた興行で評判を呼んでいた。2人はまるで兄妹のように育ち、お互いがかけがえのない存在になっていた。グウィンプレンにとってはデアが、デアにとってはグウィンプレンが、残酷な世界を照らす一筋の光のように感じられた。
特に衛藤は、物語の中で一貫してブレることなくまっすぐにデアを演じきり、体は弱いけれども芯のある心を持つ少女として存在していた。
興行シーンはウルシュス一座の面々の様々なパフォーマンスを堪能することができ、束の間、劇場の観客たちは『笑う男』からウルシュス一座の興行の観客へと変わる。一人ひとり異なる個性的なメイクや衣装で目を楽しませてくれ、見応えたっぷりな演出となっている。舞台作品ならではの劇中劇にも、ぜひ注目してほしい。
その頃、刺激を求めるジョシアナ公爵(朝夏まなと)の気を引くために、婚約者のデヴィット・ディリー・ムーア卿(宮原浩暢)がウルシュス一座の興行へと彼女を連れ出した。すると、偶然にも劇中劇の中で悪役を演じることになったデヴィット・ディリー・ムーア卿は、グウィンプレンと剣を交えることになる。この劇中劇の殺陣シーンで披露されるのが、グウィンプレンのソロ曲「笑う男」だ。
浦井は巧妙な殺陣を繰り広げながら、抜群の安定感でこの1曲を歌い上げた。昨今、舞台の主演としてカンパニーを引っ張ることが多くなってきたが、その確かな実力が遺憾なく発揮されていたと言えるだろう。
ジョシアナ公爵は、一目で醜い顔を持つグウィンプレンに心惹かれた。手に入れるのが難しいもの程欲しくなるという、彼女のいびつな性質故のことだったのだろう。早速グウィンプレンを自身のテントに呼び出し、女を武器に誘惑する。
ここでのジョシアナ公爵演じる朝夏の艷やかな歌声と、獲物を捉える鋭い目つきは必見だ。宝塚歌劇団退団後の彼女の持つ新しい魅力を垣間見ることができる。続く「私の中の怪物」の曲中では、グウィンプレンに対する歪んだ複雑な想いを、その圧倒的な歌声で表現していた。

グウィンプレンは醜い自分が求められたという驚きと、ジョシアナ公爵の勢いに怖気づき、誘惑の手を逃れすぐにその場を後にした。ところが彼が不在の間、実はデアが危険な目に合っていた。
一座の元に戻ってきたグウィンプレンに対し、デアから離れてジョシアナ公爵の元へ行ったことを問い詰めるウルシュス。残酷な現実を知っているからこそ、ウルシュスは実の息子同然のグウィンプレンに対して厳しく接するのだろう。納得できないグウィンプレンは、「自分にも幸せになる権利があるはずだ」と強く対立する姿勢を見せた。
1幕後半、グウィンプレンは王宮の使用人・フェドロから驚愕の真実を告げられ、物語は急展開を迎えることとなる。はたして、グウィンプレンは本当の笑顔を手に入れることができるのだろうかー――。
本作は世界の残酷な面を切り取って描いているのだが、観劇後は不思議と温かな気持ちになった。裕福だけれど心が貧しい者、貧乏だけれど豊かな心を持つ者、はたしてどちらか幸せなのだろう。少なくとも、ウルシュス一座で働き、デアと共に過ごすグウィンプレンの人生が、本当に不幸だったとは思えなかった。過ぎ行く日々の中で一歩立ち止まり、本当の幸せについて考えを巡らせてみたくなる、そんな作品だった。
ゲネプロの直前に行われた囲み取材では、初日の幕開けを心待ちにしているキャスト陣の様子が伺えた。
『笑う男』囲み取材 左から夢咲、浦井、朝夏、衛藤
最初に質問が及んだのは、一際豪華な衣装を身にまとっている朝夏。衣装の感想を尋ねられると、「すごく素敵なドレス。以前、浦井さんが『前田文子さんの衣装は、その衣装だけで登場人物の性格が表れている』とおっしゃっていまして、本当にそのとおりだなと。アシンメトリーでいびつなデザインが、ジョシアナ公爵の役柄を表しています。素敵なドレスを着させていただけて幸せでございます」と感無量な様子だ。
『笑う男』囲み取材
カンパニーの雰囲気を聞かれた浦井は「和気あいあいとしております!」と即答。続けて「このカンパニーは皆が団結していて、日本版の『笑う男』を作ろうとしている気持ちがすごく高まっているので、このまま千秋楽まで突っ走っていければなと。実は今日はゲネと初日、翌日は2回公演という超ハードワークなんですけれども、それもこのメンバーだからこそやっていけるんじゃないかな」と、日本初演となる本作への意気込みも見せた。
『笑う男』囲み取材
お互いに何と呼び合っているのかという質問には、「まあ様!」といたずらに言う浦井に対して「違います!」と朝夏が即座に突っ込み、衛藤が「私はまあ姉と呼んでいます」と掛け合う場面も。カンパニーの仲の良さが伺えた。
『笑う男』囲み取材 「まあ様」発言で朝夏から突っ込みを受ける浦井
稽古場のエピソードに質問が及ぶと、浦井がデヴィット役の宮原浩暢の名前を挙げ、「とても声が素敵で好青年なんですが、のぶ兄といういじられ役が存在します(笑)それに、山口祐一郎さんや石川禅さんという諸先輩方が現場を盛り上げてくださるんです。『あ〜大丈夫だよ〜』と声を掛けてくださって、幸せだなと思います」と、得意のモノマネ混じりで答えた。
続いて話題は作品の内容へと移っていく。
朝夏は劇中で浦井演じるグウィンプレンを誘惑するジョシアナ公爵を演じるのだが、実際に誘惑してみた感想を求められた朝夏は「普通……(笑)」と困惑気味につぶやく。逆に朝夏から「2回誘惑させていただくんですけども、どうですか?」と浦井に質問が返されると、「男役を卒業されて、いざ女性役の何回目かがジョシアナ公爵ということで、なかなかのハードルかと思います。まあちゃんファンの方はびっくりすることになるかもしれません。ドキドキです。そんなグイグイくるの? と、たまに(『エリザベート』の)トート様に見えるくらいです。ああ、もう誘われようかなと思うくらい(笑)」と、Sっ気混じりで迫るジョシアナ公爵にたじたじな様子だ。
このシーンについて、朝夏と同じく宝塚歌劇団出身の夢咲は「『男役だったんですか?』と何回も聞いてしまうくらい女性の色気を備えていらっしゃって、本当に素敵だなと思いました」と太鼓判を押した。
『笑う男』囲み取材
本作を彩るフランク・ワイルドホーンの楽曲について、浦井は「めちゃめちゃ大変です。曲の最後がロングトーンといったものもすごくありますし。ただ、役の心情を表現している粒ぞろいな楽曲が多いので、そこに感情を乗せればどんどんついてきて、役が作られていく感じがあると思います。デアと一緒に歌っていてお互いに感情が揺れる瞬間もいっぱいあるので、楽しみつつ、千秋楽まで駆け抜けたいなという気持ちです」と楽曲の魅力を語った。
2019年3月末に乃木坂46を卒業したばかりの衛藤は、「卒業したから何かが大きく変わったということはないのですが、気持ちとしては卒業後の1作目。そしてそれが日本初演ということが重なっているので、新しいスタートを頑張るぞという気持ちでいっぱいです」と今の心境を述べた。さらに衛藤は「グループを卒業して自分自身になったら本当に自由で、ダブルキャストのねねさん(夢咲)からは『今まではグループの色を考えていたのかもしれないけれど、自分の色をどんどん出していって大丈夫だよ』というアドバイスをいただきました。そのエールを受けて、私も頑張りたいなと思います」と意気込みを語った。
『笑う男』囲み取材
最後に、キャストを代表して浦井からのメッセージで囲み取材は締めくくられた。「桜満開のこの季節、『笑う男』日本版ミュージカルの初演としてやらせていただきます。今回は上田さんの演出のもと、日本版として皆で一丸となって作ってきたものです。お客様に届けられるように、また東京に限らず各地を回らせていただくので、楽しんでいただけるように頑張っていけたらと思っております。しっかりしたグランドミュージカルに仕立て上げていけたらと思いますので、劇場に足をお運びいただけたら嬉しいです」

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