奥田民生がバンドとの違いを示した
本格的ソロデビューアルバム『29』
歌詞に見るソロ活動への決意
《ここらへんで そろそろ僕が/その花を咲かせましょう/愛のために あなたのために/引き受けましょう/あー 燃えているんだぜ 僕ごのみの/ワールド オブ ワールド/荒れる海原に船を出せ》(M10「愛のために」)。
それまで「ジゴロ」やら「服部」やら、「大迷惑」やら「働く男」やら「ヒゲとボイン」を書いてきた人である。真面目な物言いがなかったわけではないが、少なくとも力強いメッセージを放つタイプではなかった。M10「愛のために」にしても全面的に熱い志を吐露した…という感じではなく、そこが奥田らしくもあるのだが、それにしても、本格ソロデビューの第一弾で《そろそろ僕が/その花を咲かせましょう》とか《燃えているんだぜ》とか《荒れる海原に船を出せ》とか言うのだから、そこに決意が込められていたことは疑いようもない。以下の歌詞も深読みすれば、ソロ活動に向かう意思をうかがうことができる。
《頭の中 がらんどう/エンジンが ただ悲鳴をあげて/次の丘を越えれば/光が見えて来る Yeah!》(M2「ルート2」)。
ソロ活動への決意ではないが、M4「息子 (アルバム・ヴァージョン)」にもそれまでの奥田とは若干異なるメッセージが感じられていい。
《ほうら 君の手はこの地球の宝物だ/まだ誰もとどかない明日へ/ほうら 目の前は透明の広い海だ/その腕とその足で 戦え/ほうら 目の前は紺碧の青い空だ/翼などないけれど 進め》(M4「息子 (アルバム・ヴァージョン)」)。
これを初めて聴いた時、奥田自身が子供を授かったのかと思っていたら、そういうことでできた歌詞ではないというのは何とも奥田らしいところだが、それにしても、ここまでストレートなメッセージソングというのは当時の彼の作風としては珍しかったし、若干の驚きをもって受け止めたリスナーも少なからずいたかもしれない。
これ以外には、《人間は 死ぬまでに どれだけ/自分の事 他人の事/おぼえていれるでしょう》《広島の人は 今も僕の事/思い出せるだろうか》というM11「人間」や、《君もいっしょに歌って あぁ 僕といっしょに歌って》というフレーズはリスナー、オーディエンスに向かったものとも思えるM12「奥田民生愛のテーマ」と、真摯なイメージの歌詞は比較的多い。真面目になりすぎるのを嫌ったのか、M6「女になりたい」やM9「BEEF」のようなユニコーン時代を彷彿させるおふざけ要素を含んだ歌詞もあるにはあるが、割合としてその程度ということは、これまたバンドとの違いを感じるところではある。
TEXT:帆苅智之