奥田民生がバンドとの違いを示した
本格的ソロデビューアルバム『29』

奥田民生の成分を全注入

何と言っても特徴的なのは、アルバムのオープニングM1「674」と、ラストのM12「奥田民生愛のテーマ」との楽器は全て奥田が演奏しているということだろう(厳密に言うと、M1「674」には“太鼓持ちトーク”という分かったような分からないようなパートで、ユニコーンの元マネージャーである鈴木銀二郎氏が参加している)。作品の頭とお尻にこうした楽曲を配置しているのは間違いなく意図的で、ソロアルバムの第一弾であることをより鮮明にしている。M1「674」はアコギ2本にパーカッションという比較的シンプルな構成だが、M12「奥田民生愛のテーマ」はギター、ベース、ドラムがしっかり入った完全なバンドスタイル。奥田本人は“チープでもいい加減でもいい”という想いで臨んだそうであるが、そこにバンドを離れてソロでやっていこうとした決意が感じられる。ドラムはユニコーン時代にも叩いていただけあって決して聴けないというような代物ではなく、ザクザクしたエレキと相俟ったオルタナ的サウンドは容赦なくロックだ。実にカッコ良い。

奥田は2010年に公開の多重録音の現場を観せるライヴ(しかもツアー!)『ひとりカンタビレ』を敢行しているが、その原型と言っていいかもしれない。ブレのない人だ。ちなみに、M1「674」、M12「奥田民生愛のテーマ」以外に、M6「女になりたい」とM7「愛する人よ」とでベースを、M7「愛する人よ」とM8「30才」とでシンセサイザーを弾いている。

サウンド面で言えば、どちらかと言えば60、70年代洋楽を意識した音が多い印象。洋楽要素はユニコーンでも相当に披露しているので今さら驚くようなことでもないが、より絞り込まれている感じと言ったらいいだろうか。バラエティーに富んでいるというよりも、一本筋が通ったアルバムと言えるかと思う。ゴリっとしたエレキギターが聴けるM2「ルート2」やM3「ハネムーン」、ヘヴィなギターリフのM9「BEEF」といったR&Rもいいが、サイケデリックなサウンドを導入したM5「これは歌だ」とM8「30才」、ブラス入りのR&BナンバーM11「人間」辺りに、より奥田の趣味性を感じるし、この辺からは遡ってユニコーンにおける“奥田民生の成分”の割合や位置を想像させるところではある。

メロディーは今となっては“民生節”と言っていい、奥田民生らしいものが並んでいる。先行シングル曲でもあるM10「愛のために」がポップだった反動からか、それに続くシングル曲だったM4「息子 (アルバム・ヴァージョン)」やM3「ハネムーン」はマイナーだったりするが、それでも十二分に魅力的な旋律である。この他、(個人的な好みを言って申し訳ないが)M1「674」の《ばか野郎》と《ばか野郎》の箇所や、M11「人間」の《今 ヒマにまかせて こんな事 考えている》の箇所のメロディとコードは本当に素晴らしく、改めて彼のコンポーザーとしての非凡さを痛切に感じるところである。

逆に言えば、これもまたバンドでの奥田民生の成分”の割合や位置を感じるところだし、仕方がないことではあるけれども、否が応にも奥田のソロアルバムである輪郭がはっきりとしている。M6「女になりたい」では、笑顔のままで歌うことで(口角を必要以上に上げて歌ったということだろうか?)別人のような歌声を聴かせているが、これもそう。The Beatlesがそうであったように、ユニコーンもアルバム内では様々なヴォーカルを聴くことができたわけで、M6「女になりたい」で声を変えたのは、奥田が考えるアルバムにとっては自然なことであったのかもしれないが、声を変えたことで、かえってバンド時代のアルバムとの差異を感じざるを得ないところはあったような気はする(あくまでも個人的な見解。悪しからず)。

OKMusic編集部

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