毒にも薬にもなる「愛」の様々な形 
ベッド&メイキングス『こそぎ落とし
の明け暮れ』観劇レポート

俳優の富岡晃一郎と、脚本家・演出家の福原充則による劇団「ベッド&メイキングス」の2年ぶりの公演『こそぎ落としの明け暮れ』が、2019年3月15日(金)に東京芸術劇場シアターイーストで開幕した。初日公演の様子をお伝えする。
この物語には、様々な人間模様が描かれている。事故に遭って入院している和子(町田マリー)の見舞いに訪れた妹の真理子(安藤聖)は、和子と同室の入院患者・時村(島田桃依)の、欺瞞に満ちた善意の押し付けと、それに逆らえない姉の姿にいら立ちを隠せない。相手にとっては迷惑でしかない行為を自分の都合と持論で正当化する時村の憎たらしさを、島田がコミカルに演じていて思わずクスリと笑ってしまう。
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
病院の看護婦・芒恵(野口かおる)は、真理子の夫・昭一(富岡)と不倫の関係だが、昭一から別れ話を切り出されてしまう。そして昭一は芒恵と別れるや否や、また新たな恋人(佐久間麻由)と付き合い始めるのだが……。本人はまったく悪びれず、自分が正しくて理解してくれない周囲がおかしいと本気で思っている昭一の、滑稽さと危うさを富岡が軽妙かつ繊細な演技で見せる。一途に昭一を愛するがゆえに、その愛がずれた方向へ暴走してしまう芒恵を、野口が独自の爆発力でパワフルに演じ、強烈な印象を残す。
和子の入院している病院や、時村の父が描いた絵画が飾られている画廊に出入りしている害虫駆除業者の女性3人(石橋静河、吉本菜穂子、葉丸あすか)は、物語のメインとは一線を画した存在として描かれるのかと思いきや、後に意外な形で関わって来ることになる。3人ともそれぞれに柔らかくとぼけた味わいを出しており、エゴや自意識が鋭く飛び交う物語の中で和ませる役割を担っている。
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
愛に代表される「人が誰か(あるいは何か)を思う気持ち」は、一聞すると心温まるものに思えるが、その気持ちは果たして受け取る相手にとって本当に温かいものなのか。時にはそれは、相手が望まない気持ちの場合もあるのではないだろうか。冷静に人と人(あるいは何か)との関係を見つめる福原の視点が心にチクチクと刺さる。でも同時に、その「思う気持ち」が真心であれば、たとえ紆余曲折を経たとしても、相手に届くのではないか、という温かい希望も感じることができた。一口に「思う気持ち」と言っても、それは毒にも薬にもなりえるのだ。
幾重にも絡み合う関係性の描写が、「思い込む」ことと「信じる」ことは似ているようで大きく違う、ということを示唆している。思い込みにとらわれてしまい、それを他者に向けてしまうと、ただのエゴの押し付けにしかならない。思い込みを捨て、相手を信じることを選べたとき、本当に心が通じ合えるのだろう。誰かを信じることは、決して簡単なことではなく、勇気とパワーが必要だ。しかし、人は誰かに信じてもらえたとき、それを力にして前に進むことができる。「信じる」という一歩を踏み出すことで、信じてもらえた側もまた、一歩を踏み出せるのだ。
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
ベッド&メイキングス 第6回公演『こそぎ落としの明け暮れ』 撮影:露木聡子
福原は公演前のインタビューにおいて「観劇後に、観た人の日常や生き方がちょっと変わるといいな、と思っている」と語っている。俳優の演技や人間の滑稽さに大いに笑い、時には人間の怖さにゾッとし、でも人間の愛おしさに心が柔らかくなるこの作品を見た後、自分はちゃんと相手のことを信じることができているだろうか、信じさせることができているだろうか、と考えさせられた。いや待てよその前に、私は劇場で約2時間10分、この作品と真剣に向き合ったつもりだが、作品が発したメッセージをちゃんと受け取れているのかどうか、自信が持てない……。そんなふうに、様々に感情が揺れながら劇場を後にした。
この心のざわめきこそが、作品をちゃんと受け取ったことの証なのかもしれない。
取材・文=久田絢子

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