今シーズンで大阪交響楽団の常任指揮
者離れる寺岡清高、大いに語る!

「定期演奏会の選曲が実に良く考えられていて、常に攻めている!」といった声に代表されるように、正指揮者就任から15年、大阪交響楽団のイメージアップと、他楽団との徹底したプログラムの差別化に測り知れなく貢献して来た寺岡清高が、3月を以て常任指揮者のポジションを離れる。
今でこそ演奏機会も増えたコルンゴルトやツェムリンスキー、ハンス・ロットやフランツ・シュミットなどを一早く紹介してくれた寺岡清高が、クラシックファンに与えた功績は大きい。
常任指揮者として迎える最後の定期演奏会をマーラーの交響曲第3番で見事に締め括った翌日、待ち合わせ場所に颯爽と現れた寺岡清高に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。 
(c)H.isojima
ーー 正指揮者就任から数えて15年。最後の定期演奏会は、締め括りに相応しい見事なマーラーの交響曲第3番でした。
マーラーの1番から始まり、3番で終えることが出来ました。大学の卒論で取り上げて以降、自分のライフワークだと思っているマーラーで締め括れたことは嬉しかったです。会場も満杯でしたし、多くのファンの皆さまに感謝の思いを届けられたと思います。もちろんシーズン最後までにはもう少し時間も有り、他の演奏会を指揮する機会はありますが、やはり定期演奏会は特別ですから。
ーー 寺岡さんといえばあまり馴染みのない作曲家の曲を取り上げることで、大阪交響楽団のイメージが随分と新鮮なものに変わったと思います。
2008年のシーズンから始まったのが「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲」という全4回のシリーズ企画。ベートーヴェンの偶数番号の交響曲にハンス・ロット、ツェムリンスキー、ロベルト・フックス、フランツ・シュミットの交響曲を組み合わせるというものですが、当時の楽団長から「ある助成金の予算を獲得できる面白い企画を考えてほしい!」と言われたことから生まれました。当初はここまで長きに渡る企画になるとは思っていませんでしたが、助成金の審査員に褒めて頂き、気を良くしたのでしょうね(笑)。途切れることなく10年間助成金を頂きました。
(c)maurer
ーー ここに寺岡さんがやって来られたシリーズのタイトルがあります。「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲」の後、「ブラームス探訪」「マーラーの歌曲とベートーヴェンの後期弦楽四重奏」「マーラーのライバル」「自然・人生・愛〜マーラーとそのライバルたち」、そして現在の「ウィーン世紀末のルーツ〜フックスとブラームスから始まる系譜」へと続き、それがマーラーの交響曲第3番で終わった訳ですね。
実はシリーズが始まった2008年は、児玉宏さんが音楽監督に就任された年。児玉さんも「ディスカバリークラシック」ということで、いわゆる“秘曲路線”をやって来られましたので、その年以降の定期演奏会では、聴いたことのない作曲家の曲が並びました。もちろん児玉さんとは細かく話し合っており、観点の違いが明確だったのでバッティングすることなくプログラミング出来たのだと思いますが、演奏するオーケストラのメンバーからすると、毎回知らない曲を遣る訳ですから、どちらでも同じと思われていたかもしれませんね(笑)。
しかしあの時代の大阪交響楽団の定期演奏会のラインナップは、他のオーケストラとは、圧倒的な差別化が図られていたと思います。専門家や一部のマニアの方は、全国からお越しになられていましたね。独自性を打ち出すという意味では、必要なことだったと思います。フランツ・シュミットの交響曲4曲全てを演奏したのは、おそらく日本のオーケストラでは初めてだと思います。
ーー 以前、コンサートマスターの森下幸路さんにお話を伺う機会が有った時、「オーケストラのいちばんの敵はマンネリだと思っているので、その点うちは大丈夫。しかし、音源が無い曲なんかは本番以上に練習初日がドキドキします。」と仰っていました。
確かにそうですね。今回のマーラーの交響曲の中では最も演奏されない第3番が、ここ最近やった曲でいちばんメジャーな曲です(笑)。しかし大阪交響楽団は、音源が無いような良くわからない曲を形にするのはとても上手いオーケストラだと思います。経験から来るコツみたいなものが有るのだと思います。その時期に入団した若手のメンバーは、タネーエフの4番はやったが、チャイコフスキーの4番はやったことが無いって…。そんな笑い話のような事もありましたね。
(c)飯島隆
ーー しかし楽団事務局の理解と頑張りがないと、そういった独自路線といったニッチな戦略は取れなかったと思います。そんな大阪交響楽団も、2016年に児玉さんが音楽監督のポストから離れられた後、ミュージック・アドバイザーということで外山雄三さんが就かれました。もう一度オーケストラを細部にわたって鍛えるという意味でしょうか、古典派のスタンダードな名曲やオーソドックスな定番のプログラムを演奏する機会が増えていく中で、やはり寺岡さんのプログラムだけは相変わらず尖がっていて、ファンは嬉しかったと思います。寺岡さんはこの15年をどのように振り返られますか?
最後の定期を終えたばかりですし、何よりまだ指揮をするコンサートも残っているので、それほど15年を俯瞰して見ることが出来ませんが、やり切った!という達成感的なものをあまり感じないのは、自分のポジションから来るものだと思います。
初めてこのオーケストラを振ったのは2001年でした。その時は、「まとまっているとは言えないけど、元気が有って反応が人間的で面白いオケ。日本のオケっぽくない。」と思ったように記憶しています。そのころと比べると、今はずいぶんグレードは上がったけど、個性は弱くなってきたかもしれません。しかし、オーケストラの成長とはそんなものだと思います。
15年を振り返って、今ならオーケストラに対してまた違った係わり方が出来たかもしれないなぁとは思いますね。
(c)maurer
ーー 寺岡さんは早稲田大学第一文学部を出られた後、桐朋学園大学からウィーン国立音楽大学指揮科に入学というちょっと変わった経歴ですね。寺岡さんの書かれる文書は非常に面白いですし、何よりもやってこられたシリーズ企画自体、音楽家の発想とは違う気がします。
指揮者になってしばらくは、自分の経歴がコンプレックスに感じられた時期もありました。しかし、早稲田時代の交友関係は、実は自分の大きな財産であると気付きました。自分にとってものすごく勉強になる事が多いのです。音楽家の世界は実はかなり閉ざされていて、これまでの枠の中でしか発想ができなくなってしまう危険もあるのですが、一般企業で活躍したり、研究者としてその道を追求する友人達からは、常にたくさんの刺激を受けます。それが自分自身の自由な発想のきっかけにもなっていると思います。
ーー  寺岡さんにとって最後の主催公演となる「第33回いずみホール定期演奏会」の話を最後に伺わせてください。前半がモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲と、モーツァルトのコンサートアリア。後半がシューベルトの「グレート」です。
はい、最後に相応しいプログラムだと思います。特に「グレート」は大好きな曲です。シューベルトはウィーンに行ってから好きになった作曲家。いちばん最初の指揮講習会でピアノ伴奏の「グレート」に取り組んだのがきっかけでした。ピアノソナタや弦楽五重奏曲などの後期作品は、ただ長いだけで退屈と言う方もおられますが、私は素晴らしいと思います。極端なハナシ「グレート」ならノーギャラでも振りたい!(笑)。とても立派な第1楽章を経て、第2楽章の他愛ない音楽が突然ドラマになって最後は死の底を覗き見るみたいな。人生ってそういう事あると思うのですね。絶望の淵のあとに、癒しの音楽が出て来る…。彼の後期作品は、聴いていて自然と涙が流れます。最後の第4楽章に至ってはエンドレスに繰り返したいです。弦楽器のメンバーから絶対に拒絶されますけど(笑)。
(C)飯島隆
ーー そんなにですか(笑)。「グレート」はこれまでに大阪交響楽団でも複数回指揮されているそうですね。それって寺岡さんにしたら珍しくないですか。
実はこの15年間、主催公演ではウィーンゆかりの作曲家の作品で、一度もオープンで振ったことのない曲を選んで来ました。フランツ・シュミットの全交響曲やツェムリンスキーの「人魚姫」、シェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」やベートーヴェンの弦楽四重奏の弦楽合奏版など多岐に渡りますが、その縛りが解けたのも「グレート」でした。
「グレート」なら3回目でもやりたい!と。そして今回、大好きな「グレート」で最後の主催公演を締め括れるのは本当にありがたいことです。
前半のモーツァルトのコンサートアリアは知る人ぞ知る名曲の山。期待の若手ソプラノ熊谷綾乃さんのセレクトでお届けいたします。
(c)H.isojima
ーー 最後に読者の皆さまにメッセージをお願いします。
私はこれまで一貫して大阪交響楽団とウィーン絡みのプログラムを演奏し続けて参りましたが、一つのオーケストラが一人の指揮者と一貫して一つのテーマに取り組み続けることによって、団員や私だけでなく、聴衆の皆様にも取り上げた作曲家や作品に対する理解や愛情が深まったのではないかと思います。積み重ねというのは、正に文化の肝です。ハンス・ロットを聴くために埼玉から二度も夜行で駆けつけてくれた若者がいました。フランツ・シュミットの4曲すべての交響曲を実演で聴くことができた喜びを、終演後に伝えてくださった方がいました。あるいはドヴォルザークの全交響詩の実演を一晩で聴いた、と東京の友人に自慢しているファンも。確かにこれらは世界規模で見ても希少な体験に違いありません。足掛け15年を超えるこの取り組みが、大阪の聴衆の皆様に少しでも根付いたのであれば、これに勝る喜びはありません。
人も文化も複雑に絡まった世紀末ウィーンの交響音楽の世界を解きほぐす作業は、非常に骨の折れる、一筋縄ではいかない代物です。しかし同時に、私にとってこれほど楽しい作業もありませんでした。大阪交響楽団とウィーンプログラムに取り組むことは、ウィーンに暮らし、大阪に常任指揮者のポジションを持つ自分の使命だと考えておりましたが、この取り組みが楽団と大阪の、いえ全国からわざわざ大阪に足を運んで下さる聴衆の皆様にとっても、実り多いものであったことを願っております。
最後に誤解のないよう釈明しておきますと、私はあえて珍曲を選んでいたわけではありませんし、初演マニアでもありません(笑)。「その曲を知ることで人生が豊かになる」という私自身の信条に従って選んでおりました。大阪交響楽団の身の丈にあった、そして何より彼等と取り組んで大阪の聴衆に紹介する価値のある曲ばかりを演奏してきたつもりです。15年間本当にありがとうございました。
(c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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