大江千里のヒット作
『APOLLO』に垣間見る
現在の活動スタンスにも通じる
表現者の意思

ポップマジックを随所に感じる作品

9thアルバム『APOLLO』は、そんな大江千里がポップスアーティストとしてその才能を如何なく発揮し、名実ともに頂点を極めた作品と言えるだろう。自身初のチャート1位を獲得。現在までのところ、大江千里のチャート1位はシングル、映像作品を含めて本作が唯一である。そうした数字面だけでなく、そのクオリティーにおいても『APOLLO』が勢いのピークであったことを本人も述懐している。ちなみに、この翌年にリリースされた23thシングル「格好悪いふられ方」が彼のシングルでは最大のヒット曲であり、このシングルヒットも『APOLLO』の頃には見えていたというから(のちに本人が文藝春秋のインタビューで「次の『格好悪いふられ方』(1991年)でシングルヒットを狙うための助走もついてました」と応えている)、スタッフワークも含めて気力も相当に充実していたのだろう。

全11曲。メロディーは全て申し分がないクオリティーで、捨て曲がない。どんなアーティストでもアルバムとなると、アルバムならでは…というか、親しみやすさの薄いナンバーであったり、時には実験的な楽曲が収録されていたりすることもあるのだが、『APOLLO』にはそれがないのである(大江千里の全作品を比較したわけではないので、それが事実誤認であるとしたら、先に謝っておくが)。例えば、M4「舞子VILLA Beach」やM8「竹林をぬけて」でのディスコティックなサウンドがイメージする大江千里とは若干趣を異にした印象ではあったが、それにしても若干というくらいで、メロディーの親しみやすさには普遍性を感じるほどである。また、歌メロもさることながら、M9「dear」やM11「星空に歩けば」は楽曲冒頭のイントロのフレーズからしてキャッチーで、ポップさがあふれんばかりなのもポイント。しかも、それらが取って付けた感じではなく、あたかも最初からそこにあったかのように配置されているところは、まさに職人技と言えるであろう。

細かいところを見ていくと、さりげなく…ではあるが、それでいて確実に自己主張する楽器たちの音色も聴き逃せない。個人的に注目したのはエレキギター。M9「dear」では不協気味なノイジーさを、M10「これから」ではプログレ風のドラマチックさを、そしてM11「星空に歩けば」ではメロディアスな旋律を…と、それぞれにタイプは異なるものの、楽曲になくてはならない彩りを添えている。あと、この辺は1990年前後の時代性もあるのだろうか、電子音の使い方も興味深い。前述のダンサブルなM8「竹林をぬけて」で如何にも…といった感じのピコピコしたサウンドが聴けるほか、ミディアムナンバーであるM5「あなたは知らない」では機械的な鍵盤の音を導入。また、ポップなR&Rと言えるM6「やっと気がついた」ではニューウェイブ的な音使いがされていたりと、ひと工夫、ふた工夫を加えているところにポップミュージックの面白さが垣間見える。この辺は本人もさることながら、シングル「十人十色」以来、長きに渡って大江のパートナーとしてほとんどの作品に参加したアレンジャー、清水信之の手腕によるところも大きいのだろう。上記の他にもM1「APOLLO」でのソウルミュージック風味もいいし、サーフミュージック的なテイストを加えたM2「たわわの果実」もなかなかの聴き応えで、いずれも試行錯誤しながらも、優れた作品を創り上げようとチーム一丸となって臨んでいたことが分かる。

OKMusic編集部

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