くるみざわしん『同郷同年』が大賞に
~「第25回OMS戯曲賞」授賞式&公開
選評会レポート

25年目の戯曲賞、今年の傾向は「貧困」と「生きにくい時代の理由」。
関西で上演された作品を対象とした「OMS戯曲賞」。かつて大阪にあった小劇場「扇町ミュージアムスクエア(OMS)」主催の戯曲賞で、2003年にOMSが閉館した後も賞自体は継続され、今回で何と25回目を迎えた。この賞がユニークなのは、大賞&佳作の発表と同時に、誰もが参加できる公開選評会が行われること。選考委員の大幅な入れ替えが発表されるサプライズまであった、2018年度の戯曲賞の結果と選評会の様子をレポートする。

第25回の最終選考に残った作品は以下の通り。([]は上演団体。五十音順、敬称略)
くるみざわしん[日本の演劇人を育てるプロジェクト]『同郷同年』
棚瀬美幸[南船北馬]『赤い靴はいて』
中川真一[遊劇舞台二月病]『Round』
橋本健司[中西与三郎]『はつゆき』
橋本匡市[万博設計]『駱駝の骨壷』
山崎彬[悪い芝居]『罠々』
山本正典[コトリ会議]『あ、カッコンの竹』
横山拓也[iaku]『粛々と運針』
選考委員は、生田萬、佐藤信、鈴江俊郎、鈴木裕美、渡辺えり(五十音順、敬称略)。この中で佐藤と渡辺は、第1回目から継続して選考委員を務めている。
まず選考結果の発表があり、第25回の大賞はくるみざわしん『同郷同年』、佳作は山本正典『あ、カッコンの竹』が選ばれた。『同郷同年』は東京のみで上演された戯曲だが、大阪でリーディング公演を行っていたので、選考の対象となっている。
大賞を受賞したくるみざわしんのメッセージを代読する藤田和弘。
くるみざわは諸用のため授賞式は欠席ということで、本作のリーディング公演に出演した俳優・藤田和弘が賞状と副賞を受け取ると共に、くるみざわからのメッセージを代読。「受賞を嬉しく思います。書き上げて上演するまでに4、5年かかり、その間に多くの人に関わっていただいて今回の受賞があり、そのことも嬉しく思います。思い上がってつまらない作品しか書けない劇作家になることのないよう、これからも学び続けようと思います」という、喜びと自戒を込めた言葉が語られた。
賞状を授与される山本正典(右)。
続けて佳作の山本は「このような立派な賞をいただいて、本当に嬉しいです。劇団員や出演してくれた皆さん、スタッフや劇場の皆さんと、この受賞を一緒に喜べることが、演劇の本当に本当に楽しい所だと思っています」と、共に芝居を作り上げた人々への感謝の言葉を述べた。さらにこの後行われた取材では「(これを書いた頃は)正直、演劇を続けるかどうか自体を迷っていた所がありました。でも周りが“お前はこれだけできるんだ”と盛り上げてくれて、ここまでやっと至れた作品でもあるので、もう感謝しかないです」という、今だから明かせる思いを教えてくれた。
コトリ会議『あ、カッコンの竹』で佳作を受賞した山本正典
授賞式の後は、引き続き公開選評会が行われた。放射性廃棄物の施設誘致を軸に、同い年の3人の男たちの運命をブラックユーモア満載で描いた、くるみざわの『同郷同年』は、選考会の序盤から満場一致に近い形で大賞候補になるなど、圧倒的な評価を受けての受賞だったとのこと。実際選考委員からも、絶賛に近い声が立て続けに上がっていた。
「原発問題をテーマにするのに、核廃棄物処理に持っていった所に着眼点の良さがある。よくモノを見つめていないと、ここまで人物の動きを書くことはできないし、反原発芝居の一つの達成と言っていいぐらいの完成度」(佐藤)
「観客をおもてなししつつ、訴えたいことも訴えてるというバランス感覚がとてもいい。どの役も俳優が“演じたい”と言う、演じ甲斐のある芝居だと思う」(鈴木)
「この前観たイプセンの芝居を超えるんじゃないか? と思うほどすごい作品。こういうテーマを扱って、ユーモアたっぷりに書ける人はなかなかいないのでは」(渡辺)
(左から)小堀純(司会)、生田萬。
佳作の山本は、ワケありの人々が集う竹林に、唐突に宇宙人が登場する……などのシュールな設定と鋭い言語感覚について、特に評価の声が寄せられた。
「会話が読んでいて笑えるけど、笑えるけど悲しいという、その両方が並行している状態がすごく美しい。最後が取り留めなく展開していくのが惜しかった」(鈴江)
「口に出されてしゃべられる時の言葉選びの感覚の良さが、ものすごく際立っている。戯曲って書き言葉で書いてしまうんですけど、やはり口に出して音にした言葉に対する感覚は、劇作家にとって非常に重要だし、それを備えている作家」(佐藤)
「イギリスのおバカSFの金字塔『銀河ヒッチハイクガイド』を思い出して、すごく嬉しくなった。竹やぶの小宇宙からこういう世界で遊んだことに“イギリス人超えたんじゃないか?”と思うぐらい、現代の日本の演劇の可能性を感じた」(生田)
この山本の作品と佳作を争ったのが、中川真一の『Round』。パチンコ屋を舞台に依存症の実態を描いた作品だ。
「パチンコ台の中のバーチャルな世界に向き合う男と、それに付き合うケースワーカー側の社会の動きが、ダブルイメージされている所がすごく演劇的な着想。これは自分で演出したいと、そそられる戯曲」(佐藤)
「パチンコ屋の中にいる状態に、お客さんを巻き込む感じがすごかった。興奮を煽られるように、エピソードが激しいスピードで叩き込まれていく。“勝ちたい”と思えば思うほど、深みにハマって追い詰められていく状態と迫力が、圧倒的に素晴らしい」(鈴江)
(左から)佐藤信、鈴江俊郎。
その他の候補には、主に以下のような評が寄せられた。
棚瀬美幸:「母と娘の関係を残酷に描こうとしていて、どんどん書くことがハッキリしてきていると思った。こういう視点で書いていくことは大切だし、また掘り下げていってほしい」(渡辺)
橋本健司:「可愛さてんこ盛り。高野文子の漫画みたいで、読んでる間すごく幸せになった。ご自身が書いてる言葉や登場人物に愛情があって、責任が取れることをキチンと書いている」(鈴木)
橋本匡市:「死んだ子どもと一緒に住んでる夫婦の会話が、ベタな所がありつつも何とも魅力的。見果てぬ思いで結ばれた男女のことを夫婦っていうのかなあと、本当に感動した。大阪という街への愛も感じる」(生田)
山崎彬:「彼の世界にピントを合わせるのはいつも難しいけど、今回は割と何を書いてるのかがわかりやすかった。だけど、ギラギラした感じや乱暴さが少しまろやかな分、いつもより食い足りない気持ちにも」(鈴木)
横山拓也:「破綻なく普通の会話を引っ張り続けるのは、単純そうに見えてなかなか難しい。2つの世界がじょじょに交わっていく構造も面白いけど、最後が惜しかった。でもジワジワと鉱脈に迫っていると思う」(佐藤)
また今年の作品の傾向として、鈴木が「母親のことを書いたものと、お金について書いたものが多かった。まとめると、今は “この状態は一体誰のせいなんだ?”“この生きにくい時代は誰のせいなんだ?”と、皆さんが考えてらっしゃるんだと感じました」、佐藤が「これだけ貧困がテーマに取り上げられるのは、多分日本の戯曲史上……僕が半世紀ぐらい演劇に関わって初めてで、すごい時代に向かい合ってるんだと。やっぱり僕たちは、今すごく貧乏になる世界にいるんだなあと思いました」と、演劇が今の時代を映す鏡のようなものであることを、実感するコメントが寄せられた。
(左から)鈴木裕美、渡辺えり。
そして選評会の最後には、今回を最後に選考委員を退任する生田、鈴江、渡辺への花束贈呈が。3人は、それぞれ以下のように挨拶を述べた。
「とろサーモンの久保田さんに批判されたから辞めるのではなく(一同笑)、ただ後進にそろそろ道を譲る潮時だと思いました。東京よりも関西の方に、演劇人の友達がいっぱいできたのが嬉しかったです」(生田)
「一回一回が苦行でした(笑)。批評で言った言葉は、毎回自分に跳ね返ってくるので、刺激になりつつ辛い気持ちでこの日を迎えて終わるという。解放はされますが、この日々がきっと懐かしくなるのだろうなあと思いますし、貴重な(選考委員を務めた)15年でした」(鈴江)
「選評で傷つけてしまったことは、いっぱいあったと思いますが、こういう審査は必要悪……と言ったらおかしいですけど。上沼恵美子さんじゃないですが、誰かが引き受けなければいけないし、そうしないと若い人が育たない。どんなに忙しい仕事の最中でも、OMSの選考を優先してきましたし、命がけでやってきたことに間違いはありません。今後も関西の演劇を陰ながら応援させていただきますので、皆さん頑張って書き続けていただきたいと思います」(渡辺)
なおこの3人の後任として、佃典彦(劇団B級遊撃隊)、土田英生(MONO)、樋口ミユ(Plant M)が新たな選考委員となることも、合わせて発表された(五十音順、敬称略)。
選評会後の花束贈呈。(左から)渡辺えり、生田萬、鈴江俊郎。
今回の大賞&佳作作品を収録した戯曲集は、2019年3月頃に発売される(その中で渡辺が、今回の退任理由について詳しい文章を寄せるとのこと)。またその時期に合わせて、演劇動画配信サイト「観劇三昧」にて、過去25年の受賞作品(一部)の舞台映像を、期間限定で無料配信する予定。またOMS戯曲賞公式サイトでは、全候補作の閲覧が可能なので、気になった作品があったら、ぜひ目を通してほしい。

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