ベテラン俳優・山崎一が劇壇ガルバを
始動! 「多くの人に芝居の面白さを伝
えたい」

俳優・山崎一はどんなイメージなのかなあ、とふと考えてみる。なんだか最近は人の良さそうなおじさんの姿が浮かんできた。ここ数年、引っ切り無しに舞台出演が続いている。考えてみると、小劇場出身の、この世代でこうした活躍をしている俳優は少ないのではないか。そんな山崎が“劇壇”を立ち上げるという新たな企画をスタートさせた。
——劇壇というのは、集団としての形なのか、まずそのへんから教えてください。
山崎 そもそもこの企画は、60 歳になって、自分としてはまったく意識していなかったんですけど、スタッフに「還暦の記念に何かやりませんか?」と後押ししてもらったことから始まったんですよ。そう言われたら、やっぱり芝居がやりたかった(笑)。もし言われなかったら何もやらなかったと思いますよ。それはプロデュース公演でもよかったんですけど、プロデュース公演というとゲストを呼ぶという形じゃないですか。もちろんゲストはゲストなんですけど、もうちょっと集まった人たちそれぞれが作品づくりに踏み込んでいける創造の場みたいなものをつくれないかなと考えたんです。かといって劇団にしてしまうと重くなるし、しばりが強くなってしまうから呼べない人もでてきてしまうでしょ。
——最近では、山崎さんとも関係が深い長塚圭史さんが阿佐ヶ谷スパイダースを劇団化しましたよね。でもそれは個の動きを大切にした緩いつながりのものです。
山崎 そうそう、そんな感じでもよかったんですけど、劇団とプロデュース公演の中間のようなイメージがあって、劇壇という形にしようかなと。それも僕が探してきた言葉ではなくて、スタッフが教えてくれたんですよ。意味を聞いたら、“演劇に携わる人びと”というすごいあいまいな感じだったので、面白いなあということでそれでいこうと決めました。
——文壇という呼び名があるように、なんだかシーンを表しているようにも感じますね。ガルバの演劇シーンみたいな。そういうある種の集団をという発想はどういう経緯で考えたわけですか?
山崎 これまで僕もたくさんの公演に呼んでいただいていますけど、ベースが劇団だと、そこから先は踏み込めないゲストラインみたいなものがどこにでもあるんです。それは当然のことですよ。あそこ、もう少しああしたらいいんだけどと思っても、この人たちの集団のものだからそこまで踏み込めない。でも同時にそのラインをお互いが越えられたらもっと面白い、活気のあるものができるんじゃないかという思いがあって。それに劇団の良さってあるじゃないですか。何度も何度も同じメンバーで作品づくりをすることによって、みんなが同じ空気感を共有できる。何か言葉を尽くさなくてもすっと表現できるのって長く時間をかけないと培えないもので、一回きりのプロデュース公演ではできません。その両方を飛び越える形ができたらなって思ったんです。
——そこにはある種の演劇に対する危機感みたいなものがあったりするわけですか? それともベテランになるとそういう城というか何か残したいという思いが生まれたりするんですかね?
山崎 危機感に関してはすごくあるんですよ。若者が演劇離れしているし、現場にいかずにYouTubeみたいなもので満足して済ませてしまうという傾向もありますよね。そういう状況も打破していかなければいけないという思いはあります。僕はやっぱり芝居が好きだから、多くの人に芝居の面白さを伝えたいんですよ。その魅力が伝わらないままで終わってしまうのがすごくもどかしい。その場で行われているナマな感じを伝えたいというか、体温だったりその場にいるからこそ感じられる情報量ってものすごくたくさんあるじゃないですか。
——プロフィールを拝見したら、早稲田小劇場が最初の演劇を学んだ場なんですね。
山崎 僕はどこの劇団に行こうかと思ったときに、鈴木忠志さんと中村雄二郎さんの『劇的言語』という対話集を読んだんですよ。「舞台は役者のものだ」と書いてあって、これは一回体験してみたいという思いから飛び込んだんです。
——僕は、パラノイア百貨店時代から拝見しているんですけど、あの当時は劇団員だったんですか。
山崎 そうですそうです。僕は劇団にもかかわってきたから劇団の良さも知っているんだけど、同時にしがらみみたいなものも経験している。そのしがらみが結果的にみんなをダメにしていくんだよね。そういうものじゃないというものを劇壇に求めているんです。だから今回のメンバーも、劇壇員だということも今は決めていません。やっぱり残る人と残らない人がいると思いますし。僕の中では、一回でも参加してくれた人はみんなガルボの人というイメージですね。無理なく積み重ねられることがすごく大切だと思うんですよ。お互いにね。
——この“劇壇”がはやるといいですよね。
山崎 いろんな人が立ち上げたらいいと思うんですよ。そしてお互いが劇壇としての個性を培ったうえで交流しあえたらいいですよね。たとえば、阿佐スパと合同でなにかやるような機会が生まれたら面白くなる気がします。
——ところで今回、山崎さんは演出もされるんですよね。初めての経験ですか?
山崎 これもね、スタッフの方から「どうせなら演出もしてみたらいかがですか」と言われて、えっと思って、ちょっと考えさせてくださいって言ったの。いや、まったく興味がなかったわけではないんですけど、演出するつもりはまったくなかったから。でも還暦の記念公演ですし、ここから今までやったことがないことを始めるのは面白いかもしれないと思ったわけです。誰もが定年だとか引退だとかいう年齢のときにあえて新しいことをやるというのは、逆に面白いかなと思ったわけですよ。
——実際、演出席に座っていかがですか?
山崎 これがね、ものすごく心配だったわけですよ。初めてだし、俺、演出できるんだろうかって。やっぱり役者の頭と演出の頭は違う。今だって役者的な演出しかできていないと思うんですけど、すごく面白いんです。面白いですねえ。なんだろう、何か扉が開いたような感覚があって、ちょっとしたことで場面が面白くなっていく様がワクワクしますね。
——演出家としてはどういうふうに振舞われるんですか?
山崎 普通ですよね? (スタッフに)ね? この場面はこうしたいから、こんなふうにやってほしいという注文はするんです。でも実際に役者が動いていくことで、違うなとか、もっとこうしたら面白いなということが湧いてきて、そこから連鎖的に広がっていくようなところがありますね。ただねえボキャブラリーがないので(苦笑)。演出家って大変です。言葉を見つけるのがすごく大変。一つの言葉によって劇的に変わる瞬間があって、そういうのを見つけるとすごく面白いですよね。この人はこんなふうに化けるんだという瞬間が見られたときこそ演出家の醍醐味だなって感じる瞬間があります。
——日本の不条理演劇の第一人者、別役実さんの脚本を選んだ理由を教えてください。
山崎 昔から好きだったんですよ。パラノイア百貨店時代は、大人計画や劇団健康時代のナイロン100℃、遊園地再生事業団と仲が良かったんだけど、松尾スズキさん、KERAさん、宮沢章夫さんは別役さんからの影響をすごく受けているんですね。そういった劇団に呼ばれるうちに、別役さんの面白さに目覚めていって。特に僕にとって宮沢さんとの出会いは大きいです。それから別役さんが大好きになって、その流れがここにある。でも演出するのはさらに難しいですね。すごく好きで、読んでいてすごく面白いんですよ。面白いなあ、これやりたいって言ったのは僕なんですけど、いざ演出するとわからないことだらけ。そのなかでも、いろんな場面でこれはこういうことかなと拾いながら徐々に広げていくという感じでやっています。
——「踏みつぶされたい象に 踏みつぶされたいあなたに カーニバルの夜は 歌って踊りながら カーニバルにやってきた象が巻き起こす騒動」を描いた物語ですが、演出家としての視点から『森から来たカーニバル』はどのような作品ですか?
山崎 おとぎ話ですよね、悪夢のようなファンタジー。おとぎ話って不条理だったりするじゃないですか。そんな中にいろいろな比喩が内包されているというか。だから表層的な言葉があって、そして何層かに分かれた意味がここに入っているという印象ですね。だから全体を一言で表すのはすごく難しいんです。なんていったらいいんですかね……不条理の祝祭劇かな。
別役さんと言えば、普通は電信柱が一本あって終わり、ベンチが一つで終わりという舞台が多いんですけど、この作品にはファンタジックな要素として歌や踊りもありますし、サーカスの象が中心になっているので色彩がある舞台にはなります。それは舞台装置で彩るというわけではないんですけど、ほかの作品からしたら色があるようにはつくろうと思っています。
——スタッフの座組みもユニークですね。音楽の朝比奈尚行さんであったり、舞台美術の松岡泉さんだったり、采配するのは楽しいのでは?
山崎 そうなんですよ。朝比奈さんとはKERAさんの舞台で初めて共演したんですけど、そのときからすごく一緒にやりたいなあと思っていたんです。松岡さんに関しては、『作者を探す六人の登場人物』で初めてご一緒したんですけど、その抽象的な舞台が面白くて、やっていただけませんかとお願いしたんです。まだイメージが固まっていなかった時期だったので、いろんなアイデアを出してもらって。本当に感謝しています。スタッフさんとのコミュニケーションはまた役者に話すのとは違う言葉なので、そこはすごく大変なところですけどね。だけど、この人とやりたい!というそのプランを立てるときはすごくワクワクしました。
——ところで値段設定が話題になっています。小さな空間で贅沢なものが見られるんだからという意見に僕ものりたいなと思っています。またやりたいことを実現すると金額は上がることもあります。
山崎 確かにやりたいこともやってはいるんですけど(笑)、そこは日本の劇場の事情もあるんですよ。何年も前に予定を押さえなきゃいけないじゃないですか。好きなときに好きなところが使えない。この事情が一つには大きかったんです。本当は青山円形劇場でやりたくて、せつに再開を望んだんだけど叶わなかった。もろもろのことが重なって、駅前劇場にたどりついたんですけど、この空間にこれだけの人が集まるという副産物、面白いことを生んだなとは思っていますね。
——ちなみに年に1回くらいやりたいなあという感じなんですか?
山崎 思いますよ、それは! 思いますけど、可能なのかどうかはまずは今回次第ですね。でも気持ちとしては毎年一回はできたらと思います。そして状況が許されるなら長い時間をかけて作品をつくりあげるということをしたいです。海外なんかだと1年、2年かけてつくって、それを世界にもっていったりするじゃないですか。そういう現場をつくれたらいいなあと思うんです。つくっては壊し、つくっては壊しという形でつくりあげて、それをロングランしていろんなところでかけられたらいいですよね。

冒頭に、山崎のことを「人の良さそうなおじさん」と書いた。いや、それは間違ってはいないのだけれど、表層的なものにすぎず、普通という仮面の向こうにうごめく狂気がチラチラとのぞいている。それは、パラノイア百貨店時代に培われたものかもしれない。この劇団は知る人ぞ知るスプラッタ・ホラーを上演していた。チェーンソーが登場して血飛沫があがることもあった。でもゴシックなテイストもあって、格調の高さもあった。今そんな作品を上演する劇団はないんじゃないか。どうなんだろう。もしかしたら応用物理学で怪しい研究をしていたのかもしれない。いずれにしても“悪夢のようなファンタジー”“不条理の祝祭劇”は一筋縄ではいかなそうだ。ワクワクする。山崎の普通につらぬかれた『森から来たカーニバル』は、きっと見たことのない、別役作品を生み出す予感がするーー。ドキドキしたい。
《山崎一》神奈川県出身。東海大学工学部応用物理学科卒業後、早稲田小劇場に入団。その後、パラノイア百貨店に参加、大人計画、遊園地再生事業団、劇団健康(後のナイロン100℃)など小劇場を中心に活動。舞台・映画・TVドラマなど多くの作品に出演。2015年「松田ふるさと大使」に任命される。最近の舞台に『夢の劇 -ドリーム・プレイ-』(KAAT)、『「かぐや姫伝説」より 月・こうこう,風・そうそう』(新国立劇場)、『一人二役~殺したいほどジュテーム』(東宝)、『陥没』(シアターコクーン+キューブ)、『ワーニャ伯父さん』(シス・カンパニー)、『作者を探す六人の登場人物』(KAAT),『シャンハイムーン』『父と暮せば』(こまつ座)など。
取材・文:いまいこういち

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