<フランス革命ものエンタメ作品>を
楽しむための人物ガイド-[王妃マリ
ー・アントワネット(2)]

当コラム公開日の2018年11月2日はフランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793)の263年目の誕生日にあたる。もちろん実際の彼女は断頭台でその短い生涯を閉ざされることになった。38歳の誕生日を迎える17日前のことだったーー(王妃の十代を描いたソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」だったら一ヶ月間くらい誕生日を祝っていたはずだ)。そんな彼女に思いを馳せつつ、連載企画<フランス革命ものエンタメ作品>として[王妃マリー・アントワネット(2)]をお届けする。
ミュージカル『マリー・アントワネット』が東京・帝国劇場で2018年10月8日から上演中である(11月25日迄。以降、名古屋・大阪を巡演)。今回はこの舞台を通じて、マリー・アントワネットや周囲の人物について見ていきたい。
◆歴史的事実に重点をおきながら人間も浮かび上がらせる
遠藤周作の小説「王妃マリー・アントワネット」を原作として、『エリザベート』『モーツァルト』などの名コンビ、ミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)&シルヴェスター・リーヴァイ(音楽・編曲)が手掛けたミュージカル『マリー・アントワネット』は、2006年に帝国劇場で世界初演がおこなわれた。ただし今回の公演は、2014年に韓国版『マリー・アントワネット』を成功に導いた演出家ロバート・ヨハンソンによる新演出版の日本語上演となる。ヨハンソンによるヴァージョンは、マリー・アントワネットの歴史的事実に重点をおきながらも、彼女の人間的部分も浮かび上がらせている。そして今回タイトルロールを演じるのは、花總まりと笹本玲奈(Wキャスト)である。
舞台においてマリー・アントワネットは、アメリカ独立戦争後の、フランス国王ルイ16世(佐藤隆紀/原田優一)の王妃になり子供を産んだ後の舞踏会のシーンから登場する。マリー・アントワネットの輿入れの際のエピソードはナレーションと影の動きで紹介したものの、幼少期や結婚前後の話などは描かれない。舞踏会シーンの頃のパリでは、民衆は飢えはじめ、王妃の事を既に良くは思っていない。そこに貧しい娘マルグリット・アルノー(ソニン昆夏美)の登場により、革命の足音が近づいてきている事を予感させる。マリーの愛人フェルセン伯爵(田代万里生/古川雄大)は、マリーに必死に忠告するも伝わらず、首飾り事件、バスティーユ襲撃、ヴェルサイユ行進、ヴァレンヌ逃亡事件、王の処刑、アントワネットの裁判、処刑、その後……と、いうように物語は進んでいく。
マリー・アントワネット/花總まり (写真提供/東宝演劇部)
◆魅力的に描かれる、歴史上に実在した人物達。
今回の登場人物は、当然ながら史実に基づく人物が多く描かれていて、フランス革命の中心人物ばかりだ。花總まり/笹本玲奈が演じるマリー・アントワネットは、オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘であり、ルイ16世の王妃で、軽率やわがままと言われる一方で、美しく純粋な心の持ち主だったともされている。フランス革命と言えば、このマリー・アントワネット無しには語れない程、様々な関わり方をしていて、劇中にも出てくる「首飾り事件」も彼女が関わった事によって民衆を怒らせ、革命の流れを加速させてしまうのだった。
マリーの他にも、史実に基づいた登場人物が数多く出演している。例えば、マリー王妃と不倫関係にあったスウェーデン貴族のフェルセン伯爵(田代万里生/古川雄大)。そしてマリー・アントワネットの夫、フランス国王ルイ16世(佐藤隆紀/原田優一)。国王夫妻を失脚させようと企むオルレアン公(吉原光夫)。マリー・アントワネットの女官長も務め、革命後もマリー・アントワネットを見捨てず、共に投獄されてしまったランバル公爵夫人(彩乃かなみ)。そして、聖職者でありながら、マリー・アントワネットに嫌われ、首飾り事件にも大きく関わったロアン大司教(中山昇)。同じく首飾り事件でも多く関わったラ・モット夫人(真記子)。
また、フランスの死刑に対して、ギロチンを使う事を提案した、ギヨタン博士(松澤重雄)。劇中では、錠前作りが趣味のルイ16世と、ギロチンの歯について、いかに首がスムーズに切れるかを考案しているシーン等もある。
そして、マリー・アントワネットのドレスやファッションを、ほぼ一手に引き受け、マリー・アントワネットから絶大な信頼を得て、ヴェルサイユやパリのファッションにセンセーショナルを巻き起こした王妃御用達モード商人のローズ・ベルタン(彩吹真央)。そのローズ・ベルタンと一緒に登場する、マリー・アントワネットお抱えの結髪師で、この時代の髪を高く結い上げたり、思いもよらない飾りを髪飾りにしたりする、かなり奇抜な結髪師のレオナール(駒田一)。劇中ではローズ・ベルタンとレオナールは常に一緒に登場し、コミカルな役どころで観客を楽しませていた。
さらに、革命時の指導者達も。ジャック・ルネ・エベール(坂元健児)や、マクシミリアン・ロベスピエール(青山航士)、ジョルジュ・ジャック・ダントン(杉山有大)等の登場は、フランス革命マニアを興奮させる。
ローズ・ベルタン/彩吹真央、レオナール/駒田一 (写真提供/東宝演劇部)
◆マリーをめぐる二人の男ーーフェルセン伯とルイ16世
ミュージカル『マリー・アントワネット』における、マリーとフェルセン伯との不倫関係は、「不倫」という言葉が似つかわしくないほど爽やかで、フェルセン伯が好青年に描かれている。不倫というよりは、親友のような間柄という捉え方の方が近いかもしれない。常にアントワネットの事を支え、そして現実を見るように忠告し、言い争いになってまでして、マリー・アントワネットを説得するシーン等もある。これほど肯定的にフェルセン伯が描かれているのだから、対照的にルイ16世が否定的に描かれていたり、良くない面がクローズアップされているのかと思いきや、こちらも、とても「良い人」に描かれている。史実では内向的で錠前作りが趣味の一風変わった国王だが、劇ではそうした部分を通じて「癒し系」の人物として描かれていた。両人物ともマリーを違う角度から愛しているのが伝わってくる。
余談だが、今回フェルセン伯を演じている古川雄大は、2016年に『1789』でロベスピエール役を演じている。同じフランス革命ものだが、革命の指導者のロベスピエールと王族側のフェルセン伯という真逆の立場の役どころを、どの様に演じているのかを観るのも興味深いポイントだ。
フェルセン伯爵/古川雄大 (写真提供/東宝演劇部)
フェルセン伯爵/田代万里生 (写真提供/東宝演劇部)
ルイ16世/佐藤隆紀 (写真提供/東宝演劇部)
ルイ16世/原田優一 (写真提供/東宝演劇部)
◆マリーを苦しめるオルレアン公。
『マリー・アントワネット』には、ロベスピエールやエベール、ダントン等といった、革命の指導者達も多く出てきてはいるが、彼らの政治論戦のシーン等はなく、マリーと直接会うシーンは、最後の裁判シーンぐらいだ。
史実としては、革命の指導者達が、マリーの処遇を決め、議会での論争や、政治的な動きによって、王族やマリーを追い詰めていくのだが、この舞台において、マリーを追い詰めていく人物のリーダーはオルレアン公=ルイ・フィリップ2世だった。史実において野心的な彼はフランスの王族でありながら、国王に逆らう自由主義貴族の代表となり、フランス革命が起こるとそれを歓迎しエガリテ公(平等公)を名乗る。
劇中では、市民たちを裏で操り、ヴェルサイユ行進の場面ではヴェルサイユ宮殿でマリーの寝室にまで来て、ヴェルサイユからパリに移送する。他にもマリーから子供が引き離される場面など、マリーにとって非情な場面で全てオルレアン公が関わり、まるでオルレアン公がマリーにとっての死神であるかのような描かれ方をしているのが興味深い。
オルレアン公/吉原光夫 (写真提供/東宝演劇部)
◆架空の人物マルグリット・アルノーの役割
『マリー・アントワネット』に出てくる登場人物のほとんどは史実に基づいた役だが、ソニンと昆夏美演じる、マルグリット・アルノーだけは架空の人物だ。この人物こそ、この遠藤周作の原作に出てくるキーパーソンで、貴族の世界と平民の世界のコントラストを出すにも重要な役どころで(王妃も彼女は頭文字は共にMA)、民衆側の要素を凝縮的に担っている。
マルグリットの、マリーに対する心の動きは、怒りや憎しみから、同情へ、そして後半は、本当にマリーを処刑する事が革命の本当の意味なのかと葛藤していく様が、正にこの物語の動きを体現している。
マルグリット・アルノー/ソニン (写真提供/東宝演劇部)
マルグリット・アルノー/昆夏美 (写真提供/東宝演劇部)
劇中での首飾り事件(宮廷で起こった詐欺事件。マリーはこの事件で迷惑を蒙ったにも係わらず、民衆の王妃に対する反感が高まるきっかけとなった)では、王妃の替え玉としてマルグリットが登場し、ロアン大司教を欺く場面は、人物こそ違えど、史実にあった出来事だ。ただし史実における替え玉は、ニコル・ドリヴァ男爵夫人(偽名)という人物だった。このエピソードも知っていると芝居を興味深く見ることができる。
(写真提供/東宝演劇部)
また、初演時のミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイのインタビューを読むと、「歴史的事件を全く新しく解釈し直すのは、刺激的だった。事実は変えてはいないが、視点によっては新たな見え方が可能になる。私たちは思い描いてみた。マルグリットが、歴史のメカニズムの中の小さな歯車として機能し、進行につれてものすごい力を発揮し、最後にはフランス王政の崩壊を導き出す」(抜粋)と、書かれており、マルグリットの役どころが、物語を引っ張り、軸の一部になっている事もうかがえる。
◆偏りなく描かれるフランス革命
前回のコラム[王妃マリー・アントワネット(1)]で書いたように、フランス人にとってのマリー・アントワネットに対しての感情は、どちらかと言うと同情的ではないと感じるが、今回の『マリー・アントワネット』は、マリーに同情的で、決して革命を招いた悪女のようには描かれていない。その意味で日本人の抱くマリー・アントワネットのイメージに近い。そして、王政側や民衆側いずれにに対しても、どちらかに偏るわけではなく、極めて中立的に描かれている。
それは、原作が日本人小説家・遠藤周作の「王妃マリー・アントワネット」だという事も大きく関わっているのではないか。さらに、脚本・歌詞がミヒャエル・クンツェ(ドイツ人)、音楽・編曲が、シルヴェスター・リーヴァイ(ハンガリー人)であり、マリー・アントワネットの出身地であるウィーンにおいてミュージカルを華開かせたクリエイターである、ということも大いに関係しているのかもしれない。
初演時パンフレットより (写真提供/東宝演劇部)
<フランス革命ものエンタメ作品>を楽しむための人物ガイド-[王妃マリー・アントワネット(1)]はこちら
文=清川永里子

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