鈴木舞&齊藤一也のデュオが聴かせる
! 天へと突き抜ける疾走感

「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.9.23ライブレポート
日曜の午後のひとときを、洒落たカフェでクラシックを聴きながらのんびり過ごすサンデー・ブランチ・クラシック(SBC)。9月23日に登場したのは鈴木 舞(ヴァイオリン)&齊藤一也(ピアノ)だ。
高校時代の同級生で、卒業後はともに最初はフランス語圏で、次いでドイツ語圏へと留学するという、ある意味「同じ言語の音楽」を積み重ねてきている2人は、息の合った演奏を披露。超絶技巧のみならず、繊細かつパワフルで疾走感にあふれた演奏で客席を魅了した。
(文章中敬称略)
鈴木舞(Vn.)、齊藤一也(ピアノ)
鈴木のためにつくられた曲『Kotonoha』で開幕
午後1時。この日の1曲目の演奏が始まる。
キラキラと静かに輝くようなピアノの音に続いて、鈴木のヴァイオリンがメロディを乗せる。鈴木の音色は、例えば澄んだ透明な泉も深ければ深いほどに底の方はどんどんと濃い色を湛えていく、そういった味わいがある。泉の深淵を覗き込んでいるような、独特の魅力が感じられるのだ。
そこに加わる齊藤のピアノは、泉に降り注ぐ木漏れ日のようだ。木々を通して泉の表面に光が差し込み、水面がキラキラと反射しプリズムのように輝く、絶妙なデュオだ。
鈴木舞
鈴木舞(Vn.)、齊藤一也(ピアノ)
この1曲目は『Kotonoha』。鈴木のデビューCD「マイ・フェイバリット」のボーナストラックとして挿入されている、日本人の作曲家・山中千佳子による曲だ。しかもこの日は客席に山中自身が来ており、鈴木は「クラシックは作曲家の声を聞く機会が滅多にないので」と会場の笑いを取りながら山中を紹介する。突然舞台で挨拶することとなった山中は「音がこぼれ落ちてくるような美しさだった」と鈴木と齊藤の演奏を讃えた。
同級生が再び挑むサン=サーンス『ヴァイオリン・ソナタ第1番』
今回デュオを組む鈴木と齊藤は高校・大学の同級生で、卒業後、鈴木はスイスのローザンヌからドイツのミュンヘンへ、齊藤はフランスのパリからドイツのベルリンへと、ともにフランス語圏からドイツへと留学している。鈴木は以前SBCに出演した際「フランスとドイツ、求められる音色や解釈は全く違う」と話していたが、そういう意味ではこの2人は音楽的に同じ言語を辿りながら研鑽を積んでおり、先の『Kotonoha』の絶妙な世界もなるほど、とうなずけるものがある。
鈴木舞
齊藤一也
その2人の2曲目は「留学先のローザンヌで、初めて共演した思い出の曲」、サン=サーンス『ヴァイオリン・ソナタ第1番』の第3、第4楽章だ。「デュオなのだがコンチェルトのような風合いもあり、また最後は激しい超絶技巧の応酬になる」と鈴木が紹介する。
演奏は、第3楽章のスケルツォは落ち着いたテンポで、例えて言うならピアノがしっかりと経糸を織り、そこに鈴木がヴァイオリンの音色で横糸を通してともにタブローを織りあげていくような感じで、それぞれの個性が絡み合う。
そして第4楽章になると曲がアップテンポになり、鈴木のヴァイオリンが透明な輝きと深淵を交差させながら次第に速度を増していく。また齊藤のピアノもつかず離れず鈴木に寄り添い、ともに疾走していく。まるでいつしか足元に巻き起こったつむじ風で身体が宙に押し上げられたと思ったら光のスピードで空へと運ばれ、クライマックスとともに成層圏に突入した! ……と思った瞬間、目の前が真っ白な光の輝きに包まれたようとでもいうのか。全速力で地上から宇宙へ、一気に急速上昇したかのようなパワーにただ圧倒された。
「怒り、悲しみ」を表現し、アンコールは『愛の喜び』
圧巻のサン=サーンスに続いて演奏されたのはラヴェル『ツィガーヌ』だ。
「ツィガーヌ」とはフランス語でロマ(ジプシー)のこと。「定住しない流浪の民である彼らが受けた様々な抑圧や差別、圧翼、怒り、悲しみが表現されている」と鈴木。
曲は呻き、苦しみを心の奥底から絞り出すようなヴァイオリンのソロから始まる。鈴木の音色は、今度は泉の深淵の中から遥か彼方水面にゆらゆらと差し込む光を掴もうとするかの如く響く。
そこへピアノがしずしずと加わる。ひそやかに語り合い、ともに踊り、音楽は次第に激しさと熱さを増していく。ヴァイオリンとピアノがそれぞれに生きようとする本能を炸裂させるような、繊細さとともに命のエネルギーに満ち溢れた演奏であった。
盛大な拍手のなか、アンコールにヴァイオリンの名曲、クライスラー『愛の喜び』が演奏される。鈴木が「感謝の思いを込めて」と弾く曲は、彼女ならではの繊細さと太さ、透明感と深淵の濃厚な色彩に溢れ、それを斉藤がしっかりと支える。実に味わい深い、心揺さぶられるひとときであった。
鈴木舞(Vn.)、齊藤一也(ピアノ)
5年後にもう一度共演してみたいサン=サーンス
終演後に鈴木、齊藤の2人にミニインタビューを行った。
ーーすてきな演奏をありがとうございました。鈴木さんはSBCには何度もいらしていただいていますが、今日は一層凄みが増している感じがしました。
鈴木:齊藤さんがすごく自由に弾かせてくれました。どんなふうに弾いても手綱を握っていてくれていて、安心感があるんです。
齊藤​:ちょっとエキサイトしたところもありましたが(笑)
ーーサン=サーンスは思い出の曲ということですが、今回この曲を選んだ理由はどんなところでしょうか。
鈴木:私がローザンヌに留学しているときにデュオの講習会があり、その時に2人で弾きました。とても好きな曲なのですが、技術の面でもアンサンブルの面でもすごく難しいんです。だから信頼できる、アンサンブルがとくに上手なピアニストでないとなかなか取り組めない曲だったので、ずっとタイミングを図っていました。今回齊藤さんとスケジュールが合い、共演できることになったので、ぜひサン=サーンスをやりたいと思いました。
鈴木舞
齊藤​:僕も多分鈴木さん以外とは共演しない曲だと思います。みんな結構嫌がるんですよね。難しいところもあるので(笑)
鈴木:2人ともフランス音楽を勉強してきたので、そういった意味でも齊藤さんとは非常にやりやすいんです。フランス音楽特有の揺らしやエスプリといった、言葉じゃ説明できない部分を互いに理解しあえるところがあるので。齊藤さんだと音楽そのままでも会話ができるところもあり、一緒に演奏していても楽しいし。
齊藤​:お互いフランス語のイントネーションの中で学んできたという共通のバックグラウンドがあるというのが大きいと思います。
ーーそして今はともにドイツで新たな「言語」の音楽を学んでいるわけですね。
齊藤​:そういう意味でも、今日の演奏は4年前とはちょっと感じが違うんですよね。あの時は技巧が前面に出てくるような、若さとパワーで演奏した感じでした。
鈴木:2人とも大人になった (笑) 4年前はただこの曲が好きで演奏したくて、でもその時はこんなにデリケートで繊細な曲だとは思わなかった。その時に齊藤さんが一緒に弾いてくれたご縁はとても幸せなことだったなぁと思います。
ーーとなると、この曲はある意味おふたりならではの育てがいのある曲ということになるかもしれませんね。
鈴木:また5年後とかにもう一度弾いてみたいですね。
齊藤​:うん、何年後、というスパンでやっていくのもいいよね。
(左から)鈴木舞、齊藤一也
実は怖い? 印象だった
ーー学生時代と比べてお互いの音がそれぞれどのように成長したと思いますか?
鈴木:実は学生の時はあまり共演をすることはなく、卒業してから一緒に弾き始めました。こうして共演を始めて、彼自身の音楽の大きさや、ソロだけでなくアンサンブルの面でも研鑽を積んできたんだなぁと思います。どんな曲でも一緒に弾く時に音楽の流れを作ってくれて、すごく弾きやすい。頼りがいのあるピアニストだなぁと。普段もすごく優しいんですよね(笑)
齊藤​:なんて返していいかわからないんですけど(笑) 僕の方から言うと、鈴木さんは高校の時からすごく上手で常にトップで、恐れ多いというイメージでした。でもヨーロッパで初めて共演した時、実は意外と気さくで、そういう概念はすぐ取れた(笑) ローザンヌで共演するってお話をいただいたときは、実はすごくビビって、緊張していたんです。
鈴木:私、よく言われるんですよね、「怖い」って。そして卒業して共演すると気さくでよかったって。
齊藤​:怖いというより高嶺の花っていうのかな。すごくエネルギッシュな部分と繊細な部分があって、そのうえで自分の音楽をピュアに出せるそのバランスがすごい。ソリストとして素晴らしいだけじゃなく、アンサンブルという形でもうまくやれるのもすばらしいなと。彼女のヴァイオリンの音色がすてきで、時々彼女のソロになると入るのを忘れそうになるくらい聞き惚れてしまいます(笑)
齊藤一也
ミュンヘンとベルリン。新しい音色をさらに積み重ねて
ーー今はお互いフランス語圏から鈴木さんはミュンヘン、齊藤さんはベルリンに渡って勉強されていますね。ドイツでの勉強はいかがですか。
鈴木:ドイツでは求められる音色が全然違うんです。コンサートもたくさんあり、新しい音色を聞く機会が多く、引き出しが増えた気がします。
齊藤​:ベルリンをはじめ、ヨーロッパでは音楽をネガティブに聴くことは皆無で、みんな楽しんで聴いてくれる。ドイツの人達は聴く前から自分のスタイルの音楽をしっかり持っていることが多く、そのうえで音楽を聴こうとする。だからお客様と音楽を共有できた時のすばらしさ、分かり合えた時の喜びは感動的です。そこに行くまでがすごく難しいのですが(笑) 先ほどのサン=サーンスじゃないですが、本場のものは本場で磨いていくのがやはりいいなと思うので、しっかり勉強して行こうと思っています。
鈴木:ドイツで一番大きく感じたのは、ヨーロッパで演奏する時は悲しみの曲でも、彼らの心の中に届いた時は華やかな曲以上にすごく盛り上がることです。演奏家が何を表現したいのかを能動的に理解しようと、自ら近づいてきてくれるんです。
ーーヨーロッパの方々は音楽を聴くうえでもそれぞれの個とスタイルがあるのですね。またお2人の、今度はドイツで積み重ねより研鑽された音楽を聴く機会があるのを楽しみにしています。今日はありがとうございました。
(左から)齊藤一也、鈴木舞
取材・文=西原朋未 撮影=福岡諒祠

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