東大に通いながらPTNA特級に挑戦!
2018グランプリ角野隼斗の、コンクー
ルまでの珍道中

8月21日にサントリーホールにておこなわれたピティナ・ピアノコンペティションの特級ファイナル。国際舞台・プロピアニストへの登竜門と言われるこのコンクールで見事グランプリを獲得したのは、東京大学大学院1年の角野 隼斗(すみの はやと)さんでした。

▼ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18(ファイナル)
一躍「時の人」となった角野さん。今回は、彼がどのようにピアノと付き合ってきて、どのような決意のもとコンクールにエントリーしたのか、お話しをうかがうことができました。
角野 隼斗(すみの はやと)
1995年生まれ。現在、東京大学大学院1年生。2000〜2005年、ピティナピアノコンペティション全国大会にて、A2級優秀賞、B級銀賞、C級銀賞、D級銀賞受賞、Jr.G 級金賞受賞ほか受賞歴多数。2018年、ピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。2018年9月より半年間、ソルボンヌ大学在籍、フランス音響音楽研究所 (IRCAM)にて音楽情報処理の研究に従事。フランス留学中にクレール・テゼール氏に師事。
「東大へ入ってもピアノはできる」
お母様がピアノ講師だったことから、幼少期よりピアノに慣れ親しんできたという角野さん。小学4年生で、ピティナピアノコンペティションJr.G級全国大会にて金賞を受賞するなど早くから頭角を現します。一方で勉強の才にも恵まれ、中学・高校は都内随一の進学校へと進学。音楽と学問を両立する中で、進路について悩みます。
―最終的に、音大ではなく東大への進学を決めた理由を教えてください。
「それぞれの進路を選んだときのことを想像して、おそらく音大に行くと勉強はあまりしなくなるだろうけれど、東大に行った場合、音楽は続けていくだろうなあと思ったからです。自分にとっては東大の方が、より多くの選択肢をもち続けられるのではないかと」
―大学受験だけでなく中学受験でもかなり勉強されていますよね。その間はピアノから完全に離れていたのですか?
「中学受験のための塾に入ったのが小5の夏だったのですが、そこからはほとんど勉強一色でした。大学受験の際も、高3の6月からは完全に勉強に集中していましたね。ちなみに中学・高校ではロックに興味が沸いたので、バンドでドラムを叩いたりして、クラシック音楽はあまりやっていませんでした」
―では大学進学の際も、クラシックピアノで食べていきたいという迷いは実際ほとんどなかったのでしょうか。
「音楽を仕事にしようとは考えていなくて、でもやめたいともまったく思っていませんでした。なので、大学ではサークルに入って、いろいろなミュージシャンと交流をもちながら、音楽を続けていけたらいいかなという気持ちでいました」
―サークルはどちらに?
「『東大ピアノの会』というクラシックピアノを演奏するところと、『東大POMP』というバンドサークルの2つに入っています。前者はクラシックを演奏するサークルで、アナリーゼなどをすることも。
後者では主にジャズを演奏しています。サークルに入ってからコードや理論なども勉強し始めたのですが、それだけでは即興も陳腐なものになってしまうので、好きなピアニストのコピーをして引き出しを増やしました。とにかくメンバーがすばらしく、いろんな音楽に詳しい人がたくさんいるので、音楽の幅はかなり広がりましたね」
道を見定めるべく、コンクール出場へ
―そのように幅広く音楽に触れる日々で、なぜ改めてクラシックのピアノコンクールを受けようという気持ちになったのでしょう。それも、特級という最高峰へ挑もうと思ったわけは。
「ピティナのコンクール自体は、幼い頃から受け続けていたことから身近な存在でしたし、モチベーション維持や成長機会のために受けるという選択は、自分の中では自然なことでした。結果が出ればコンサートの機会も得られますし。…と、大学1~2年のときは思っていたのですが、次第に心境に変化が訪れました。
というのも、コンクールというのはそもそもプロをめざすために登竜門として受けるものですし、実際自分以外のみなさんは音大生で、そこにかける気持ちが違うと感じるようになって。自分はなんで受けているんだろうと思うようになったんです。
そして、そろそろ研究も忙しくなってくるし、このまま自分は音楽と触れる機会が少なくなってしまうのかな…と怖くなりました。特級に挑戦するとなれば膨大な曲が必要ですし、当然覚悟と勇気が必要なのですが、うやむやに音楽から離れていってしまうのではなく、ここいらで一回ちゃんとやってみたいなと腹をくくったんです」
ファイナルでの一コマ((c)️平舘 平)
―決意したのはいつ頃なのですか?
「今年の春ですね」
―結構最近ですね(笑)。
「ほんと、何考えてるんだって感じですよね…。すでに勉強したことのある曲や得意な曲をかき集めてプログラムを組み、限られた時間の中でも最大限の力が発揮できるように工夫しました」
―先生やご家族のサポートも必須だったのではないでしょうか?
「実は、今回のエントリーは、長らく師事している金子先生が背中を押してくれたことも大きかったんです。先生には本当に付きっきりで指導していただいて、感謝しています。母は初め『なんで受けるの?』みたいな感じだったのですが(笑)、いざ準備を始めてからは音楽的なアドバイスを含めてかなりサポートしてくれました」
―ちなみに、角野さんの「得意な曲」とはどういったものなのですか。
「瞬発力や勢いが生かせるような曲ですね。コンクールで弾いたものでは、ショパンの『スケルツォ第1番』とか、セミファイナルで初めて弾いた徳山美奈子さんの『ムジカ・ナラ』など。こちらはロック的な要素もあったので、自分の音楽性の幅をアピールするのに向いていました」
▼ショパン:スケルツォ第1番 ロ短調 Op.20
▼徳山美奈子:ムジカ・ナラ Op.25(セミファイナル)
―1次、2次、3次…と審査が進むうちに、気持ちはどのように変わっていきましたか?
「まさかファイナルまでいくと思っていなかったので、1次や2次は逆に緊張しなかったんです。個人的に2次予選を通ったのが一番の驚きで…。3次予選が割と直後だったのですが、通過が想定外だったためにまともに準備しておらず、本当に必死で練習して、本番はすごく緊張しましたね。そのあとも、セミファイナルは3次予選の2週間後だったので、こちらも本当に時間がなかったです…」
―どたばたすぎる!(笑)しかも、インターンシップも並行して行かれていましたよね?
「そうなんです。週5のフルタイムで…。なので、セミファイナルまでは帰宅後に5~6時間練習する、という日々でした」
―なぜそんな大変な時期にインターンへ…。
「インターンへのエントリーも春だったのですが、必ず受かるものでもないですし、いろいろと種まきをしてどれかが将来への足がかりになったらよいと考えていたんです。現在は研究のためにパリへ留学中なのですが、こちらのエントリーもその頃だったと思います。研究、就職、音楽…と選択肢がある中で、この一年をかけておのずと道が見えてきたらベストだなと」
―結果に選択を委ねるあたりが合理的というか、理系という感じがします。そんな苦難を乗り越えてセミファイナルやファイナルを迎えたときは、どのような思いでしたか?
ファイナルでの演奏((c)️平舘 平)
「受かりたいとか通りたいとかではなく、第一生命ホールやサントリーホールで弾く機会なんてなかなかないので、そこで弾けるということ自体を楽しもうという気持ちでした。セミファイナルからは聴衆も集まってくるので、まさにコンサートをするような心持ちでしたね。特にサントリーホールでピアノコンチェルトを弾いたときは、ピアノがオケにかき消されずちゃんと観客席に響いてくれることに感動しました」
―ところでピアノコンチェルトは、どのように練習するのですか…?
「それが難しいんですよ。家では、既存の音源を左耳で聴きながら練習します。リハーサルは前々日の指揮者合わせがあるのと、オケとのリハーサルは当日、前日にするだけなので、その中で息を合わせていくのが難しさでもありおもしろさでもあり…という感じです」
リハーサルのようす((c)️平舘 平)
―限られたリハーサル機会の中でベストな状態へもっていかなくてはならないのですね。そして迎えたファイナル。振り返ってみていかがですか。
「ピアノコンチェルトを弾かせてもらうのは人生でこれが3回目でしたが、当然ソロとは違う楽しさがあって。感情をダイレクトに共有できる人が近くにいるので、一緒に音楽を作り上げていく中で一体感を感じることができる点が醍醐味だと感じます。弾き終わったとき、これが人生のピークだと思いました(笑)。完璧とは言えないですが、でも自分の感情を表現するという意味ではやりきれたかなと思います」
ファイナルで演奏を終えた瞬間((c)️平舘 平)
―すばらしい。失礼な質問になってしまうかもしれないのですが、唯一一般大からのエントリーということで、一種の居心地の悪さというか、心細さのようなものは感じませんでしたか?
「自分は音大生ではないというコンプレックスは、多少ありました。ですが、先生に『お前は純粋にピアノを楽しんでいるところが強みになる』と言われたことが支えになりました。競争の世界にいないからこそ、表現できるものがあるのではないかと」
舞台裏での一コマ((c)️平舘 平)
―最終的に発表があったときは、どういう気持ちだったのでしょう。
「もう、めっちゃびっくりして。自分の名前が呼ばれたときに、とっさに「え!」って言ってしまうくらい、なんで? という気持ちでした。全然実感がなくて、嬉しさより驚きが大きかったです。
数日経ってようやく、実感と共に嬉しさと達成感が沸きあがってきたのですが、それ以上に責任感を感じるようになりました。グランプリになると、一年間は看板を背負って本格的に活動があるので、それに恥じない演奏をしなくてはという気持ちです」
東大院生が今年度の特級グランプリに輝いたというニュースを聞き、一体どんな人なんだろうと強く興味を引かれました。というのも、実は私の幼馴染にも、ピアノで優れた才能を開花させつつ、勉強も非常に得意で、進路に悩んだ結果医学部へ進んだという友人が2人いるのです。2人は今は音楽から完全に離れ、医療の道を邁進しています。
どんな道にも、正解や不正解はないと思います。ほんの少しの選択の違いが、その後の人生を大きく左右していくものです。だからこそ、角野さんがこうしてグランプリに輝き、演奏家としての覚悟を新たにしたというお話しは、大変感慨深く自分の胸に響きました。
今回はコンクールまでの道のりの焦点を当てお話しをうかがいましたが、後編では日ごろの練習法についてや現在のパリでの暮らしについて、角野さんの好きな音楽についてなど幅広くお話しいただきます。
プロフィール全文
1995年生まれ。2000〜2005年、ピティナピアノコンペティション全国大会にて、A2級優秀賞、B級銀賞、C級銀賞、D級銀賞受賞、Jr.G 級金賞受賞。2002年および2011年、ショパン国際コンクール in ASIA 小学1,2年生の部および中学生の部アジア大会にて金賞受賞。2002年、千葉音楽コンクールA部門優秀賞、及び、全部門最優秀賞史上最年少(小1)にて受賞。2015年、ピティナ・ピアノコンペティション2台ピアノ・コンチェルトB部門第1位。2017年、ショパン国際コンクール in ASIA 大学・一般部門において金賞、及び特別優秀賞・ソリスト賞受賞。日本クラシック音楽コンクール大学男子の部、第3位(最高位)。2018年、第1回クリスタルpianoコンクール、第1位。第5回デザインKピアノコンクール大学・一般部門、第1位。ピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。これまでに国立ブラショフ・フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団オーケストラと共演。現在、東京大学大学院1年生。金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。2018年9月より半年間、ソルボンヌ大学在籍、フランス音響音楽研究所 (IRCAM)にて音楽情報処理の研究に従事。フランス留学中にクレール・テゼール氏に師事。

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