【hide】残されたマテリアルが時代を
経ても多くの人々の心を捉え続けてい


文:土屋京輔

伝説のアーティスト。そう聞いた時、真っ先に思い浮かぶ人物にhideを挙げるリスナーは少なくないだろう。その華々しい活躍を目にしたことが、バンドを始めたきっかけになったと語るプレイヤーは数多いが、音楽シーンのみならず、彼はさまざまな分野で多大なる影響を及ぼし続けている。それゆえに、急逝した1998年5月2日から、気付けば15年もの月日が過ぎ去ったことに驚かされるのだ。
1964年12月13日に神奈川県横須賀市で産声を上げた、後のhideこと松本秀人がロックに目覚めたのは中学3 年生の時。友人の家で耳にしたKISSに大きな衝撃を受けた彼は、すぐさまギブソンのレスポール・デラックスを手に入れ、同時にさまざまなレコードを熱心に聴き漁るようになる。
本格的にギターの練習をスタートさせたのは高校入学後で、しばしば遊びに出かけていた横須賀のドブ板通りで知り合った友人たちと、初めてのバンドであるSABER TIGER(後にSAVER TIGERに改名)を結成する。卒業後は美容専門学校へ進学するが、音楽活動も並行。次第に関東の代表的な一群と認知されるほど勢力を広げていく。バンド自体は1987年1月28日の目黒鹿鳴館公演で解散するが、そのタイミングで彼にX(1992年夏からはX JAPAN)への加入を持ちかけたのがYOSHIKIだった。
以降のXの躍進は日本の音楽史に革命を起こしたと言ってもいいだろう。目覚ましいアルバムセールスや東京ドームでの連続公演などで成功を収めただけでなく、彼らの一挙一動はいつしかファンそれぞれの人生観すら変えてしまう求心力を持つようになっていった。
その中である種のアイコンのような、特に際立った存在感を放っていたのがhideだった。1993年からはソロ活動も開始。先行シングル「EYES LOVE YOU」「50% & 50%」「DICE」を含む1stソロアルバム『HIDE YOUR FACE』(1994年)では、Xとは趣向の異なる幅広い音楽性を詰め込んだ。言わば、彼が好んで聴いていたKISSからNINE INCH NAILSまで彷彿させる多彩さ。そんなバリエーションのある要素をポップにまとめるセンスは、続く2ndソロアルバム『PSYENCE』(1996年)などでも特徴的に見えてくる。
また、自らレーベル“LEMONed”を立ち上げて、未知なる新たな才能を表舞台に引き上げるサポートも行ない、さらにはファッション・ショーやX- スポーツなども採り入れた画期的なフェスティバルを開催するなど、表現の発露はキャリアを重ねるにつれてますます広がっていった。本人はあまり公にする考えはなかったようだが、チャリティー活動に対して熱心だったこともよく知られるエピソードだ。
1997年末にはX JAPANが解散。翌日にhide はhide with Spread Beaverのスタートを宣言し、ほどなくして代表曲「ROCKET DIVE」を発表する。ところが、次の展開を期待させていた最中に事態は急転。前述したように不慮の事故で逝去してしまうのである。誰もがその報に耳を疑った。現在も愛聴されている「ピンク スパイダー」「ever free」は、数万人が詰めかけた東京・築地本願寺での葬儀の後に予定通りにリリース。ともにレコーディング作業を進めていた仲間たちの手により、秋には3rdアルバム『Ja,Zoo』もファンの元に届けられることになった。加えて、1996年からレイ・マグヴェイ(元THE PROFESSIONALS)とポール・レイヴン(元KILLING JOKE)と始動させていたzilchのアルバム『3・2・1』も日の目を見た。
hideが思い描いていた理想の世界がどのようなものだったのか、今となっては想像する以外にないが、残されたマテリアルが時代を経ても多くの人々の心を捉え続けている事実が確たる片鱗であるのは異論のない点だろう。錚々たるミュージシャンが参加し、1999年にリリースされたミリオンセラーのトリビュートアルバム『hide TRIBUTE SPIRITS』の続編となる、今回の2作品に名を連ねる顔触れを眺めても、崇高なる遺伝子が純粋に継承されていることを実感する。hide with Spread BeaverのメンバーであるKiyoshiが率いるmachine、hideがプロデュースするはずだったTRANSTIC NERVEを前身とするdefspiralは、まさに直系たる重要な精鋭。その他はリアルタイムではhideの勇姿を観ていない世代の若手も多い。
いわゆる“ビジュアル系”という呼称のルーツとされる彼だが、 ここに提供されたそれぞれの真摯なカバーに耳を傾けて改めて分かるのは、特定のカテゴリーを作るのではなく、枠組みを取り払ったところでの自由な創造性の意義である。その理念が伝わっているからこそ、個々のパーソナリティが自ずから表出してくるのだろう。無論、こだわりの大胆なアレンジを施したとしても、原曲の普遍的な魅力が輝いてくる。
ソロ活動20周年(2013年)、および生誕50周年(2014年)を記念した一大プロジェクト『hide ROCKET DIVE 2013-14』はまだまだ序盤。その第一弾である『hide TRIBUTE II-Visual SPIRITS-』と『hide TRIBUTE III -Visual SPIRITS-』が、新たなフィールドへの招待状になるのは間違いなさそうだ。
※X(X JAPAN)での正式表記はHIDEですが、本稿ではhideに統一してあります。
『hide TRIBUTE Ⅲ -Visual SPIRITS-』
    • 『hide TRIBUTE Ⅲ -Visual SPIRITS-』
    • TKCA-73925
    • 2013.07.03
    • 3000円
    • 『hide TRIBUTE Ⅱ -Visual SPIRITS-』
    • TKCA-73924
    • 2013.07.03
    • 3000円
hide プロフィール

ヒデ:X JAPANのライヴ中に設けられたメンバーのソロ・コーナーで既に、バンドの1ギタリストという枠に収まらない自己演出能力やアーティストとしての突出した才能を見せていたhide。彼がソロ・キャリアをスタートさせたのは93年。「最初は"どうせバケツの底を叩いたって買うんだろ"って思った」とは当時の彼の弁。バンドの知名度を利用する気はまったくない。むしろそれを取っ払ったとこで勝負したい、という純で潔い姿勢ゆえの発言だった。
彼のソロ・キャリアは、カラフルかつポップな2枚のシングル「eyes love you」と「50%50」でスタート。アルバム、ツアー・ビデオなどコンスタントに作品をリリースする傍ら、"いいものは世に広めたい"という至極まっとうな理由で<LEMONed>を設立。"自分は彼らの単なるファンだから"とプロデュース流行りの昨今、才能あるバンドやデザイナーたちに何ら手を加えることなく、チャンスと活動の場を与え世に送り出す。また、都内数ヶ所をリンクさせたオールナイトのクラブ・イベントを企画するなど、常に新しいアイデアを意欲的に実現していった。
自身の作品に関しても、マニュピレーターのI.N.A.と二人三脚で目指してきた革新的な音作りがシングル「pink spider」と3枚目のアルバム『ja,zoo』で1つの到達点に。機械モノとロックの融合を目指したそのサウンドを自身はサイボーグ・ロックと呼んでいたが。メロディアスなポップスから重量級のヘヴィ・ロックまであらゆるジャンルを内包したその音は、単なるミクスチャーの枠を超え、極めて魅力的で斬新なオリジナリティを擁していた。
しかし98年、急逝。ちょうど海外ミュージシャンと組んだバンドzilchも長い準備期間を終えてようやく稼働し始めていた——まさに全てがこれから、という時の出来事だった。公式サイト(アーティスト)
『hide ROCKET DIVE 2013-14』オフィシャルサイト

OKMusic編集部

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