【奥田民生】自分だけが大好きでも、
それは“Fantastic”とは言わない

キャリア21 年目に発表される、約3 年ぶりのオリジナルアルバム『Fantastic OT9』。民生自身も“ 傑作” と自負する本作を検証すると、バンドというキーワードが浮かび上がってくる。
文:兼田達矢

奥田民生の最新アルバム『Fantastic OT9』に「3人はもりあがる(JとGとA)」という曲が収められている。民生はその曲で“4や5はいらない”と歌う。“どこだって3人ならすぐもりあがる”。彼は、ここで人が楽しく暮らしていくための必要十分条件について思いをめぐらしているのだ。
ひとりでは寂しい。できることも限られている。じゃあ、ふたりならどうだ。できることの選択肢は増えるだろう。寂しい時に助け合うこともできるかもしれない。でも、意見が対立することもあるはずだ。
例えば、片方はピザが食べたいと言い、片方はそばが食べたいなあと思う。そこで、そのふたりに少しでも分別があれば、譲り合うということを考えるだろう。“今回はそばでいいよ”“いや、ピザにしようよ”。そこでまた結論が出ない。仕方がないから、ピザでもそばでもなく、ハンバーグを食べることにする。ふたりともがかすかな不満を抱えながら…。
だから、3人がいいんじゃないか。何かを決める場合にも、その結論はなんとなく大きな空気を反映した“総意”という感じがするし。もちろん、選択肢はひとりの時より、ふたりの時よりも増える。素敵じゃないか、と民生は歌っているわけだ。
ただし、ここで重要なのは“4や5はいらない”という一節だ。3人より4人、4人より5人の方が賑やかになって楽しいじゃない、というふうには民生はおそらく考えない。仲間が増えて選択肢も増え、その全体の意見がいよいよ“総意”の名にふさわしいものになっていくことは必ずしも楽しいことじゃないだろう、と。
“今、バンドのメンバー募集の告知を出すとしたら、自分がやりたいことをどんなふうに紹介するか?”と、彼に聞いたことがある。彼の答えは“音、デカめ。3、4人のバンドです、みたいな(笑)”というものだった。やりたい音楽の内容について聞いたのだが、彼の答えには人数が含まれていた。つまり、彼にとって人数は結構重要なことなのだ。
それは、彼の基本的な資質のひとつが人見知りであるということのせいかもしれない。今、15歳の頃の自分に会って何か言ってあげるとしたらどんなことを話すかと聞いたら、彼はずいぶん考えた。
「まあ、聞く耳を持つかどうかは別にして、人見知りはやめなさいってことですかね」
いろんな人に出会って、いろんな話をすると、いろいろと面白おかしいことがあることを実感している40代の大人であるからこその言葉で、彼は未だに新しいメンバーと会って新しいバンドを始める時には緊張するということだから、大人の分別で自分のシリを叩いているのだと思う。人と会うのはいろいろ気詰まりなことも多いけれど、それでもすごく面白いこともあるかもしれないからがんばろう、てな感じで。そんな彼だから、やっぱりバンドも人数が多いと大変なんだろうと思う。それでなくても、人間の集まりとしてのバンドには、いろいろな人間の思惑が錯綜する。そのことを彼は自身の体験としても、音楽仲間の苦労話としても、嫌というほど思い知っているだろうから、バンドの人数が多すぎるのはよろしくないのだ。ご存知の通り、ユニコーンは5人組だった。ソロになって長く率いていたバンドも、彼を含めて5人編成だった。最近では3人編成でのセッションも行なっているようだが、今回のアルバムでは4人編成が基本になっている。その意味では、今回のアルバムは“4人はもりあがる”というアルバムと言ってもいいかもしれない。そして、そうした彼の振る舞いから勝手に教訓を見て取るとすれば、“友だちを選びなさい”ということになるだろうか。いつでもどこでも誰とでも、いろんな楽しみが毎日の暮らしの中には待ち受けているだろうけれど、それでも最もコアな楽しみを満喫するには多過ぎず少な過ぎないコアなメンバーと時間を共有することが肝要という気がしてくる。
ところで、日々の暮らしの過ごし方という話はまったく忘れて、奥田民生の音楽作りということだけを考えれば、バンドという形のマイナス面は小さくないのではないだろうか? なにせ、奥田民生は人見知りなのだ。それに、彼ほどの才能と最新デジタル技術をもってすれば、バンドという形、つまり人間関係の面倒臭さを回避できるソロレコーディングはむしろ望ましい形なのではないかと思える。実際、彼はひとり自宅で取り組むデモテープ作りが趣味だと公言しているし、昨年11月にリリースされたシングル「無限の風」に収録された「オリエンタル・ダイヤモンド」の宅録デモ音源は実に素晴らしい。さらに付け加えれば、最終的にバンドで鳴らす音楽も、曲を作り始める一番最初の場面では常に個人なんだ、と彼は言っている。
最初に作る時点ではバンドもソロも一緒だから。メロディーを浮かべて、それに言葉を乗っけてっていうところは、バンドだろうがソロだろうが作業としては同じですからね。バンドだと時には5人でやってる間に何かがボコーンって生まれる時もあるけど、だいたいは誰かが何か考えたアイデアがひとつあっての話でしょ。そのアイデアというものを考える時には、みんなひとりなんでね。だから、バンドを解散してソロになった時もやってることは一緒だとも思ったし、それだからやれたというところもあったんでしょうし。で、例えば、(井上)陽水さんと一緒に作ったりする時も、ふたりで並んで作ってたとしても“こういうの、どうですか?”って出さなきゃいけないのはまず個人だから。だから、結局はひとりだってことですよね、最初は。ジョン(・レノン)とポール(・マッカートニー)だって、そうだろう、と。
 しかし、実際には彼は常にバンドの仲間と一緒にレコーディングスタジオに入り、エンジニアが好きなカレーライスを一緒に食べたりしながら、作品を作る方法を選ぶ。
“こういう人たちと会って、こういう音楽をやったおかげで、自分の音楽がこうなってるんです”みたいなところが面白いからいろんな人とやったり、いわゆるバンドをやるわけじゃないですか。
だから、今15歳の奥田民生に会っても“人見知りはやめなさい”と言うわけだ。
再び「3人はもりあがる(JとGとA)」の歌詞を見てみよう。
“GとAがWでデートのやくそく/Jはバイトであせを流す”。
個人的なイメージでは、民生がWデートを企画/運営する姿は想像しにくいが、そのさりげない気遣いぶりを思えばWデートの相方としては最適なキャラクターであるかもしれない。でも、実際には仲間とは別行動で、バイトに精を出しているんじゃないだろうか。というのも、その呑気で“ロック道楽”風パブリックイメージとは対照的に、実際の奥田民生はかなり勤勉だからだ。
テレビにあまり出ることはないし、プロモーションにはお世辞にも熱心とは言いがたいから、一般の人たちの視界から彼はしばしば消えていて、その現象がぐうたら風な本人の発言と相まって、彼はよく休んでいるように思われているわけだが、例えば去年は“井上陽水奥田民生”名義でアルバムをリリースして全国ツアーを行なったし、リリースされたばかりのソロ名義のニューアルバムも作っていた。去年以前にさかのぼってみても、自分のアルバム作りとツアーに加えて、PUFFYや木村カエラのプロデュース、O.P.KINGやTHE BAND HAS NO NAMEといった企画バンドでのアルバム作りとツアーなどなど、彼は常に音楽作りに取り組んでいる。少なくとも、職業音楽人としての彼は相当に働き者と言っていいのではないだろうか。
音楽に対してね、すごいストイックな姿勢で取り組んでいるように言われるのは違うかな。僕がそういうような発言をしてるのかもしれないけど、いずれにしても音楽なので。音楽に取り組むこと自体がちっともストイックじゃないと思うんですよね。つまり、真面目じゃねえってことですかね(笑)。真面目な人間じゃないってことを言いたいんですよね。
音楽を楽しんでいるだけなんだから、それをがんばってるとか言うのは変だろうというのが本人の考えだ。個人的には、真面目じゃない人間は自分のことを“真面目じゃない”とは言わないと思うけれど、それはともかく、プロデビューしてから20年が経ち、日本を代表するプロのポピュラー音楽家として知られる今でも、音楽は個人的な喜びなんだと言いたいのだろうと思う。それは確かにそうなんだろう。曲を作り始める時にはいつでも個人であるのと同じ意味で、それが出来上がった時の喜びを享受するのもまた、まずは奥田民生個人だろう。それでも、というかそれだからこそ、彼は音楽に対してずっと真摯だ。
最新アルバムに収められた「ちばしって」という曲で、彼は歌う。“血走ってやっとかないと神様のほうびはもらえない”あるいは、こうだ。“血走ってよく見てないと神々のほうびに気付かない”。彼がこれまでに音楽の神様からどれくらいご褒美をもらったかは知る由もないが、それでも彼が音楽の神様と悪い仲じゃないことは彼の音楽を聴けばよく分かる。そして、そんなふうに彼が音楽の神様とコミュニケーションできているのは、彼がずっと音楽に対して誠実であったからだろう。試みに、あてずっぽうで彼の音楽を何か取り出して聴いてみればいい。いい加減なことを歌っている曲はあっても、いい加減に作られた曲はひとつもないはずだ。
本人に、音楽の神様が降りてきたと思える瞬間があったか聞いてみると「さすらい」という曲ができた時という答えが返ってきた。
アッと言う間にできた気がするんです。速くできるってことは、何かそういう神様が降りてきてたかな、みたいな。
速くできること。それがポイントだと彼は言う。とすると、曲がトントンとできていけば、彼は幸せになるだろうか? 音楽をこれだけ楽しんでいる彼だから、納得がいく音楽が次々に出来上がればさぞかし気持ちいいんじゃないか。奥田民生は、今回のアルバム『Fantastic OT9』を傑作だと自負している。それは、納得がいく曲がどんどんできたということだろうか?
曲が良くて、音も良くて、演奏も良くて、しかもそのバランスが良いということですね。それに、音楽は自分が好きなだけじゃ駄目で、人が聴くものだという意識もわりかし持っていたというところと、自分の個人的な好みを上手く折り合いをつけることができたということで、傑作なんじゃないかと。で、タイトルの“Fantastic”というのは、ちょっと外に向いているような言葉でもある気がしてて。つまり、自分だけが大好きでも、それは“Fantastic”とは言わないのではなかろうか的な、ね。曲が良いとか音が良いとか、そういうことを隣のおっちゃんも喜んでいるじゃないかと。そういうことが“Fantastic”なことなのかなと思うんですけどね。
自分だけが気持ち良いだけじゃどうも駄目らしい。自分がいて、人がいて、みんなが面白いと楽しめるもの。そうでなければ、音楽家としての彼は納得できないようだ。それは、ひとりででも作れるはずなのにやっぱりバンドで作ることを選ぶ気持ちと、実に相応している。では、彼にとって音楽家としての成功とはいったいどういうものなのだろう?
そういう瞬間はない気がするなあ。やればやるほど、そういう瞬間はないんじゃないかと思う。でもそれは、人としてもないような気がしますね。とりあえず、形ではないような気がします。
「ちばしって」の中で、彼は“いつかは至福の瞬間がくるだろうか”と歌い、その曲を“そして至福の瞬間はいまだにない”という一節で結んでいる。
さて、奥田民生に至福の瞬間は訪れるだろうか? もし訪れたなら、彼はその瞬間をきっと音楽化するだろう。そして、それこそが僕たちにとっての、音楽の神様からのご褒美になるはずだ。
『Fantastic OT9』
    • 『Fantastic OT9』
    • SECL-579
奥田民生 プロフィール

ミュージシャンとしてプロデューサーとして、奥田民生ほど気負わずに、そして明確に自己のカラーを打ち出しているひとも珍しいだろう。87年にユニコーンのヴォーカリストとして、アルバム『ブーム』でデビュー。CDセールスやライヴ動員はうなぎ登りに数字を伸ばし、「メイビー・ブルー」や「大迷惑」など数々のヒットを生んだ。しかし、人気の絶頂期にあった93年、ラジオ『オールナイト・ニッポン』への出演を最後に突然解散。ファンのみならず音楽業界にも衝撃が走った。しかし、そんな周囲の声をもろともせず、奥田本人は充電期間ならぬ「釣り期間」に悠々自適に突入していったのだ。
そして、翌94年、シングル「愛のために」でソロ・デビューを果たすやいなや、いきなり100万枚を超すセールスでシーンに復活。その後、「息子」や「イージュー★ライダー」など数々の名曲を生み出すと共に、パフィーやダウンタウン・浜田雅功のプロデュースでも手腕を発揮した。その各々のキャラクターを最大限に活かした楽曲には、ゆるいムードと共に確信犯的な采配が詰まっているといえるだろう。また、井上陽水とのユニットや元ジェリーフィッシュのアンディー・スターマーとのコラボレート作品などもある。ツアーにおいても毎回凝った趣の演出をみせており、オリジナル・ヴァージョンとはまた違った角度から楽曲を披露。アコースティック・ギター1本のみで公演された『ひとり股旅』ツアーなどは記憶に新しいところだ。
いい意味で円熟することなく我が道を突き進む奥田民生は、今や日本のミュージック・シーンのニュー・スタンダードである。奥田民生 オフィシャルHP(レーベル)
奥田民生 オフィシャルHP(アーティスト)
奥田民生 オフィシャルTwitter
奥田民生 オフィシャルYouTube
Wikipedia

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着