【一青窈】何にでもあてはまる“受け
入れて”という気持ち

「つないで手」以降、3曲連続で川江美奈子の作曲によるシングルを発表した一青窈。楽曲から感じたパワーをそのままに表現した今作は、作詞において自身の気持ちはもちろん、周囲の友人たちによる、あるカミングアウトから生まれたものだとか。誰もが感じたことのある"受け入れて"という気持ちに込められた想いとは?
取材:青木 優

シングル3曲続けて川江美奈子さんの曲ですね。

偶然なんですけどね。アルバムに向けていっぱい曲を録ってるんですけど、川江さんの曲に私がどんどん詞をつけていったら、結果的に彼女とハモる回数が多くて。

相性が、かなりいい感じだと。

はい。それはたぶん、川江さんが病気を克服したことにあると思うんですよ。彼女は生死をさまようぐらいの大病を患って、それを克服してから作曲したのが『つないで手』と、川江さんのシングル『ピアノ』、それから今回の『受け入れて』なんです。で、私はその病気のことを知らないで受け取って、ただ歌詞を書いたら『つないで手』と『受け入れて』が出てきたんですよ。で、あとから『実はね…』って聞いて。だから、曲から受けた“生きるパワー”みたいなもので書けたんではないでしょうか。『つないで手』に“今を生きるために負けない”という大サビの詞があるんですけど、川江さんに“よく出てきたね”って言われました。この前、メールがあって『受け入れて』の詞が一番好きって書いてありました。

川江さん自身もこの曲の歌詞が?

はい。で、そのあとに、さらに書き下ろしてもらったのが12月に発売された『ただいま』なんです。彼女は今、私が一番パワーをもらっている人かもしれないですね。それはコーラスでハモってもらっている時に思うんですけど、私に対して並々ならぬ理解度があるんですよね。曲にしても、“たぶん窈ちゃんならこう歌うだろう”的な何かを思い描きつつ、かつ川江さん節も入っているように感じる。“見えない愛”みたいなものをひしひしと感じるんです。

そうだったんですね。その「受け入れて」で気になるのが“お願い強くなりたくて”“まだまだ足りない僕だけど”といった歌詞なのですが。

あの…この曲、実は性同一性障害のことがきっかけになって作ったんですよ。この1年で、すごく仲の良い友達3人からカミングアウトされたんですよ。たぶん私がこの歳になって、受け入れる何かが(笑)…いろんなものを見聞きして、視野が広くなったって思ってもらえたのかもしれない。

それがきっかけでこの曲ができたのですか?

はい。最初は男の子に“初めて付き合ったのは男の子なんだ”って告白されたんです。普通に女の子と付き合ってる人でもあったんですけど。で、この人の元カノ…もともとは男である人と出会う機会があって、そこで彼女は、私の親友に受け入れられたことが女として生きる自信になってるって言って、ボロボロ涙を流したんですよ。その時に私は“ああ、受け入れられることでこの人はそんなにも強く生きていけるんだ”っていうのを間の当たりに見たんです。その時に思ったのは、まず親友に対しては、なんて愛の深くて広い人なんだろうっていうことと、その涙を流した子みたいに素直に生きていくのがいいなあということでした。そのあとにも、ほかの人もカミングアウトしてくれて。ひとりはオナベで、身体は女なんだけど、医学的に中身は男であるという人。あとは、昔からの友達なんだけど、自分は男の子が好きなのか女の子が好きなのか、分かんない子。でも親には言えないんですって。“そんなふうに育てたわけじゃなかったのに”とか言われたら困るって。カミングアウトした人の方がツライんだけど、何だかんだ明るく生きている気がします。職業的に難しいとか、社会的にどうしても制限されてくる場所はいろいろあるけれども、そう感じますね。ただ、この曲は自分の状況に置き換えて書いたところもあるんですよ。それは誰にも言えない秘密かもしれないし、あるいはハンディキャップ、障害を持ってる人も“何でこんなに受け入れてもらえない社会なんだろう”と思ってるかもしれない。何にでも当てはまると思ったんですね、“受け入れてほしい”という気持ちが。で、書きながら思ったのは…大切にしたい何かは必ず自分の中にあるんだけど、成長するためには変わらなきゃいけない。そのふたつを見極めながらその時々のバランスで生きていければ、他人に対しても優しくなれるし、自分も殻に閉じこもらないで生きていけるんじゃないかなぁ…ということですね。だから、これって、わりとお願いソングにはなってるんですけど(笑)

そう、「つないで手」もだったし、同時期に2曲も。

お願いし倒してますね(笑)

でも“お願い”以上のものを感じます。最初に聴いた時、ここにあるのは友情かな?という気がしたんです。

あぁ、そうですね。初期衝動としては、それです。

ただ、相手は友人じゃないかもしれない、家族かもしれないけど、とにかく大切な他者であることには間違いなくて。それは広い意味での友情、思いやる気持ちかなと。

そうですね。カミングアウトしてくれたことで、私はその人と近くなったような気がしたし、それまで持ってたような距離感がぐっと縮まったんですよ。そのことは…自分もひょっとしたら何か言うことで、きっと相手と近づけるのかな、ということを気付かせてもらえたんです。
「受け入れて」
    • 「受け入れて」
    • COCA-16074
一青窈 プロフィール

台湾人の父、日本人の母をもつ、76年生まれの女性シンガー。
02年10月、アジアン的エキゾチック・フレイヴァーに満ちたポップ・ナンバー「もらい泣き」でデビュー。今までいそうでいなかったタイプの個性派シンガーを印象づけた。そして、続く1stアルバム『月天心』で大ブレイクを果たす。耳馴染みのいいメロディ、トラディショナルな質感を携えたきめ細かな歌唱、非常にパーソナルな内容でありながら不思議な普遍性を感じさせる詞世界——それらが、ゆるやかなエネルギーを発しながら聴き手の胸に忍び込み、鮮やかな印象を残してゆく。

03年のシングル「金魚すくい」では、エレクトロな音像とソウルフルでダークな緊迫感さえ宿したヴォーカリゼーションで、“癒し”的なパブリック・イメージにとどまらないアーティスト性を露呈してみせた。そして04年2月、ファンの間でも幻の名曲とされていた「ハナミズキ」を正式にシングルとして発表し、同年の日本有線大賞優秀賞をはじめ数々の賞を総なめにする。4月にヒット曲を多数収録した2ndアルバム『一青想』(ひとおもい)を発表。9月には、井上陽水が作曲を手掛けた「一思案(ひとしあん)」が主題歌として使用された初主演映画『珈琲時光』が公開されたのち、日本アカデミー賞新人賞を受賞し、アーティストとしてのみならず女優としても注目を浴びる。役者としては岩松了演出の音楽劇「箱の中の女」の主演を務め、映画のみならず演劇の世界でも活躍している。
05年3rdアルバム『&』06年には自身初となるベスト・アルバム『BESTYO』、08年『Key』では、横山剣(クレイジーケンバンド)、高野寛、秦基博など多彩な作曲陣による楽曲提供が話題となった。一青窈 オフィシャルHP(アーティスト)
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